四十五度を消した箱

岩倉直樹は玩具会社の仕入部で、充電式ロボットの電池パックを担当していた。クリスマス商戦向け二十万台の発注会議で、海外工場の安全試験報告を確認する役だった。

報告書では連続充電八時間後も表面温度四十八度。基準の六十度以下で合格。調達部長の大熊は、発売延期なら棚を競合に奪われると決裁を急いだ。

直樹は試験写真の隅に映る恒温槽の表示を拡大した。45.0℃。

契約仕様では周囲温度四十五度で試験する。ところが報告書の条件欄は二十五度。写真と文書が矛盾していた。

「写真は予備試験だ」と大熊は言った。「正式試験は二十五度で行った」

直樹は元データを調べた。二十五度の試験では四十八度で安定している。四十五度の試験では七分後に八十七度へ上がり、ケースが変形した。その行だけがCSVから削られ、写真の温度表示は切り取られていた。

工場側の証明書には、四十五度試験を実施したと署名されている。大熊は、契約文言が曖昧だから二十五度でも有効だと主張した。

直樹は別紙の日本語版と英語版を並べた。英語版にはat 45°C、日本語版には「四十五度にて」とある。曖昧ではない。

営業役員が、発売を止めれば数十億の損失だと迫った。直樹の同期が企画した商品でもあった。彼は一瞬、写真を伏せたくなった。

それでも変形した電池ケースを机へ置いた。底面の製造番号は、合格報告書の試料番号と一致している。

「消したのは温度条件ではなく、発火する箱です」

直樹は海外工場とのチャット記録も提示した。現地技術者は『45℃では全数膨張、条件変更を要請』と送っていた。大熊の返信は『日本向け資料では25℃として処理』。送信時刻は報告書の承認印が押される十二分前だった。翻訳ミスという逃げ道も、その一文で消えた。

工場側は、そのチャットの削除要請まで送っていた。

社長が発注書の署名欄に置いたペンを戻した。二十万台の決裁は、恒温槽の四十五・〇度から一度も下がらなかった。