国宝は壊して使う
「壊れた物しか鑑定できぬ者を、遺物院には置けない」
院長ザムロはクレハンの腕章を取り上げた。
【破損鑑定:使用不能になった物に限り、本来の用途を表示する】
無傷の国宝には反応しない。鑑定のために壊せば犯罪だ。クレハンは『無能』の札を首から下げられ、王立遺物院を追放された。
その日の夕刻、魔獣の群れが王都を囲んだ。
古代の防壁は眠ったまま。起動鍵とされる透明な《天殻晶》を、百人の魔術師が調べても使い方が分からない。火にかざしても、水へ沈めても、王家の血を垂らしても沈黙した。国宝ゆえ傷一つつけることも許されず、王は城門の放棄を決めた。
外では第一防壁が崩れ、魔獣の角が市街からも見えた。避難馬車は詰まり、老いた者から歩みを止めている。天殻晶の展示室だけが、千年前と変わらぬ静けさを保っていた。
クレハンは引き返し、展示台の前へ立った。
「それを貸してください」
大賢者エルディオンが首を振る。
「無傷で千年残った唯一の鍵だ。壊せば王都の希望が消える」
「無傷だから、誰にも用途が分からないんです」
クレハンは警備兵の槌を奪い、天殻晶へ振り下ろした。
院長ザムロの悲鳴と同時に、国宝は粉々になった。
破片へ触れる。
――本来の用途:外殻を破壊し、内部の防壁種を散布する。
透明な欠片の中心から、金色の砂が舞い上がった。砂は風に乗って城壁を一周し、空で薄い膜へ変わる。魔獣の火炎も爪も、膜に触れた瞬間、雨粒のように弾けた。
《天殻晶》は鍵ではない。種を守る殻だった。壊されることこそ、ただ一つの起動方法だったのだ。
城門の上で兵士たちが歓声を上げる。院長は砕けた展示台を見つめ、口を開けたまま動かない。
エルディオンは地面の一片を拾い、クレハンの掌へ戻した。
「千年間、我らは国宝を守ったのではない」
大賢者は追放札を外し、その場で燃やした。
「使う勇気がなく、眠らせていただけだ。遺物院の席順を改めよう。今日から最上席は、壊すべきものを見極めた者の席だ」