在宅勤務の時差
桜庭家では、芽衣の仕事は「家にいるだけ」と呼ばれていた。
国際会議の通訳中でも義母は買い物を頼み、断れば夫の克成が部屋へ入ってきた。
「母さんには難しい仕事なんだ。家にいる君がやってよ」
その義母が腰の手術を受け、退院後三か月の見守りが必要になった。
家族のオンライン会議に、義兄夫婦と義妹夫婦がそろう。
「芽衣さんは在宅だから昼担当」
「夜も家にいるよね」
「私たちは通勤があるから、週末だけで勘弁して」
画面に映った当番表では、芽衣の名が一日二十時間を占めていた。通訳中、食事中、睡眠中という区別もない。誰一人、芽衣の会議予定を尋ねていなかった。克成は満足そうに言う。
「仕事を少し減らせばできるだろ。母さんも嫁がいると安心する」
芽衣は背景のカーテンを開けた。窓の外に、見慣れない港と朝焼けが広がる。
「こちらは午前六時です」
「どこにいるの?」
「会社の北欧支社です。先週から二年間の赴任になりました」
在宅勤務は、義実家の用事をいつでも引き受ける制度ではない。芽衣は何度もそう説明したが、誰も聞かなかった。海外案件の責任者に選ばれたことも、克成が母の前で「どうせ家から出ない仕事」と笑った日に話すのをやめた。
克成が画面へ顔を近づける。
「勝手に決めるな。夫婦だろ」
「あなたは私に相談せず、私の三か月を当番表へ入れました」
芽衣は別居届と、国内の住居を解約した控えを共有した。主介護者にも緊急連絡先にも同意しないことは、病院へ書面で通知済みだった。
義兄が苛立って言う。
「じゃあ、この表はどうするんだ」
介護支援専門員が会議へ入り、芽衣の欄をすべて削除した。
「ご本人の同意がありませんので、血縁者四名とご長男で再調整します」
五人の欄が均等に広がる。
その瞬間、芽衣のいる空港に搭乗開始のアナウンスが流れた。
克成の画面には、翌朝六時の見守り当番が表示された。