地下道の鯨
新しい広告企画を提出する前夜、私は終電を一駅手前で降りた。高校時代の通学路だった地下道を見たくなったからだ。壁は灰色に塗り直されていたが、出口近くに青い曲線が一筋だけ残っている。指でなぞると、綺更が描いた鯨の背中が戻ってきた。
文化祭の前、綺更は地下道いっぱいに海を描こうとした。もちろん無許可だった。放課後、彼女がスプレーで最初の鯨を描き始めたとき、私は見張り役を頼まれた。
けれど生活指導の先生が近づく足音を聞き、怖くなった私は、綺更を置いて学校へ走った。先生に聞かれる前に「地下道で誰かが落書きしています」と告げた。正しい生徒でいたかった。
翌朝、鯨は途中まで消されていた。綺更は停学になり、美術部も辞めた。窓際の席で白い紙を見つめる彼女へ、私は何も言えなかった。卒業の日、綺更は「正しいものだけ残る町って、息苦しいね」と笑った。
私は今、広告会社でデザインをしている。目立ちすぎない色、批判されない言葉、誰も嫌わない構図を選ぶのが上手くなった。明日出す企画も、上司が好む無難な案に直してある。最初に描いた大胆な案は、パソコンのごみ箱に入れた。
地下道の青い線は、塗料の下から細く浮いていた。消されたのに、完全には消えなかった鯨の背中だ。私はノートパソコンを開き、ごみ箱から最初のデータを戻す。提案書の末尾に、リスクと意図を自分の言葉で書いた。
綺更へ許しを請うためではない。彼女の代わりに絵を描くためでもない。あのとき黙らせた自分の声を、今度は自分で裏切らないためだ。
送信ボタンを押すと、地下道の照明が一つ消えた。暗がりの中、青い線は波のように続いて見える。
送った企画の表紙には、鯨ではなく大きな余白がある。綺更の絵を借りず、自分の線で勝負することも、遅れて覚えた責任の取り方だと思った。
出口の階段を上る。採用されるかは分からない。それでも私は、灰色の壁の内側を泳いでいた鯨を連れて、明日の会議へ向かった。