坂道のバッテリー番号
花守ヶ浜汐佳の電動カーゴバイクが、駅前のガードレールに倒れていた。
前輪は曲がり、荷台の子ども用座席は割れ、バッテリーだけ別の安価な物へ交換されている。
持ち出したのは友人の雪見原奈央だった。
「二時間だけ宅配に使ったの。友達なんだから、眠らせておくより稼がせたほうがいいでしょ」
汐佳は貸していない。奈央は、以前一度だけ教えたアプリの解錠番号を使い、早朝に乗っていった。
奈央は配達員として登録しておらず、別人のアカウントで荷物を運んでいた。急な坂を重量超過で下り、ブレーキが過熱して転倒したらしい。幸い歩行者には当たらなかった。
「自転車保険で直せばいいじゃない。バッテリーは同じ形のを返したし」
汐佳はメーカーアプリを開いた。
純正バッテリーには個体番号があり、最後に通信した場所は中古買い取り店だった。奈央は事故の直後、十五万円で売却し、三万円の互換品を取り付けていた。
走行ログには、積載上限の二倍を示す荷重警告、速度、急制動、転倒時刻が残っている。配達アプリ側の履歴と一致し、事故後に奈央が「壊れた分は持ち主の保険で」とサポートへ送ったメッセージも保存されていた。
メーカーの修理見積もりは、車体、ブレーキ、荷台、純正バッテリーで百十万円。フレーム交換中、汐佳は通勤と子どもの送迎に代替車を借りる必要があった。
奈央は、友達価格にしてほしいと頼んだ。
「宅配で稼いだの、たった二万円だよ。百万円なんて払えるわけない」
「二万円を稼ぐために、私の百万円を使ったんだね」
買い取り店は盗品の可能性を知り、純正バッテリーを返還した。だが奈央が売却代を使い込んでいたため、その返金分も賠償へ加わった。配達プラットフォームは名義貸しと事故隠しでアカウントを停止し、名義を貸した知人にも請求した。
奈央は調停で、車体修理費、代替交通費、バッテリー代を分割で払うことに同意した。
新しいフレームへ元の個体番号が再登録され、奈央の端末から解錠権限が永久削除された瞬間、無料で稼げる足だと思った女には、自分では一度も所有しなかった自転車のローンだけが残った。