坑道で叫ばれた一語
「一日に一語しか方言を訳せない? 通訳として失格だ」
鉱山庁の選抜で、ボロアは無能と笑われた。
【能力:《一語方言》――未知の方言から、選んだ一語だけをその日じゅう正確に理解する】
会話一つにも何日もかかる。ボロアは山奥の鬼人鉱山へ帳簿係として送られた。
鬼人たちは無口だった。朝、坑道へ入る前に岩壁へ耳を当て、「グルハ」とだけ言う。人間の監督官は挨拶だと思い、真似して笑った。
ある日、最深部で銀脈が見つかった。
鉱務侯ラダインは夜通し掘れと命じる。ところが鬼人たちは入口で「グルハ、グルハ」と叫び、つるはしを捨てた。反乱と見なした兵が剣を抜く。
ボロアは能力を使う一語を迷わなかった。
《一語方言》――グルハ。
訳は「岩が息を吸っている」。
鬼人の方言では、坑道へ風が吸い込まれる現象をそう呼ぶ。地下に巨大な空洞があり、外気を引き込んでいる印だ。空洞には鉱山ガスが溜まり、火が入れば山ごと吹き飛ぶ。
「松明を消してください!」
監督官は鼻で笑い、銀脈へ火を近づけた。
ボロアは水桶を蹴り、炎を消す。暗闇になった直後、岩壁の隙間から青い気体がゆっくり流れ出した。鬼人たちは濡れ布を配り、皆を外へ押し出す。
最後の鉱夫が出たとき、遠くの別坑で火花が散った。
山の内側から低い爆音が響き、坑口から青い炎が噴く。だが主坑道は封鎖されていたため、爆発は空洞だけで収まった。
翌朝、鬼人たちは別の岩壁へ耳を当て、「サルモ」と言った。ボロアにはまだ訳せない。彼は帳簿の余白へその音を大きく書き、明日の能力を使う語として丸で囲んだ。それでもラダインは掘削隊を止め、鬼人が安全を示すまで誰にも松明を持たせなかった。銀脈より先に、坑道が次に発する一語を待つことにしたのだ。
選抜官が「一語で会話はできない」と言う。
鉱務侯は焼けた監督札を拾い、その男へ投げた。
「千人が叫ぶ一語を挨拶と思った者より、一語だけでも正しく聞いた者を選ぶ」
ラダインは鉱山庁の鉄笛をボロアへ渡した。
「明日から掘る場所は、鬼人の一語を訳してから決めろ」