夜釣りの青い灯
リュカが左遷された辺境の入江には、消えた灯台が一本立っていた。
船は来ない。村もない。波止場の板は半分腐り、夕暮れになると海と空の境まで黒く沈んだ。
元宮廷灯術師のリュカは、灯台を直さなかった。初日にそんな大仕事を始めれば、また誰かのために夜通し働くことになる。代わりに波止場の端へ掛かっていた、小さな釣り灯を一つだけ修理した。
硝子の煤を拭き、切れた芯を古布から取り、油を一滴ずつ染み込ませる。魔法なら昼のように照らせるが、魚は強い光を嫌う。青い鉱石の欠片を硝子へ添え、月明かりほどの弱い灯にした。
釣り灯を点けると、波止場の腐った板の一枚だけが青く浮かんだ。リュカはその板へ印を付け、踏まないよう足を置く。大結界を管理していた頃、彼の報告は「細かすぎる」と読まれなかった。ここでは小さな注意が、そのまま自分の命を守る。
夜、光を水面近くへ下げると、暗い海の下から細い影が集まった。
リュカは羽根を巻いた針を落とした。一度目は空振り。二度目、竿先が小刻みに震えた。上げると、青銀の小烏賊が水を吐き、灯の中で透き通った。
小烏賊は墨を吐き、リュカの袖を黒く染めた。宮廷なら侍従が替えを持って走っただろう。彼は声を上げて笑い、海水で袖をすすいだ。汚れたままでも、叱る者はいない。
魚ではなくても、針と糸で得た最初の海の恵みだ。
波止場の石炉へ鉄板を置き、烏賊を輪切りにして並べる。触れた瞬間、じゅっと白く縮み、甘い潮の匂いが立った。持参した豆と一緒に煮れば、鍋からは青い灯を揺らす湯気が上がる。
遠くで羽音がした。王都の夜鴉が、黒い封筒をくわえて灯台へ止まる。宮殿の大結界が暗転し、ただちに復帰せよという文面が透けて見えた。
リュカは封筒を開かず、釣り灯の脚の下へ挟んだ。がたついていた灯が、ぴたりと安定する。
「役に立つ手紙だ」
誰にともなく言い、焼けた烏賊を頬張った。弾む歯触りのあと、塩気と甘みが広がる。
背後の巨大な灯台は暗いままだった。だが今夜、彼の食卓を照らすには、小さな青い灯一つで足りた。