妖精の一口ゼリー

森道食堂《葉皿》には、人間用の大きな扉の下に、妖精用の小さな扉がある。店主エマルが作ったものだが、開店して十日、下の扉は一度も鳴らなかった。

大雨の夜、ちりん、と鈴が一音だけした。

床に転がり込んできたのは、親指ほどの郵便妖精ティピだった。羽は水を吸って貼りつき、鞄の封書より本人のほうが重そうだ。朝日までに森の向こうへ届けなければ、花の種を運ぶ契約が破棄される。だが羽を乾かす火へ近づけば、薄い鱗粉まで焼けて二度と飛べないという。

「甘いもの……でも匙は持てない」

声も蚊の羽音ほど細い。

エマルは大皿を出さず、白樺の葉を一枚、卓の低い段へ置いた。その上へ、角砂糖より小さく切った《一口ゼリー》を一つ。陽実の果汁を固めた、橙色の立方体だ。

ティピは両腕で抱え、端をかじった。ぷるんと揺れたゼリーから、夏の日差しのような香りが弾ける。果汁は喉へ滑り、噛む力のない体にもすぐ染みた。

一口ごとに、濡れた羽の縁から細い湯気が上がる。陽実の熱は外から焼かず、妖精の体温だけを少しずつ戻す。貼りついていた左右の羽が離れ、最初は震え、やがて透明な音を立て始めた。

「もう一口、食べられる?」

エマルが尋ねると、ティピは葉皿に残った最後の角をぺろりとなめた。次の瞬間、橙色の光が小さな体を一周する。羽ばたきで卓上の砂糖粒が舞い、妖精は自分の頭ほど高く浮かんだ。

「飛べる!」

喜びすぎて天井へぶつかりそうになり、慌てて降りてくる。ティピは鞄から、花びらを打ち抜いた妖精銅貨を一枚出した。人間には小さすぎるが、きちんと値段表に書いた一枚分だった。

「足りる?」

「ちょうどです」

「じゃあ、帰りに十個。郵便局のみんな、雨の日は困ってるから」

小さな扉が開き、羽音は雨の上へ消えた。

翌朝、エマルが下の看板へ《一口ゼリーあります》と書き足した途端、森の方角から、鈴を百個振るような羽音が近づいてきた。最初に扉をくぐったティピの鞄には、空の葉皿が十枚結ばれていた。