安心して配達してください

榛名迅は配送車に乗るたび、ハンドルへ両手を置く。車内端末が感情スコアを読み、ストレス値七十未満ならエンジンがかかる。事故防止のため、それだけは全社共通の決まりだった。

その朝は四十二。いつもどおり「安心して配達してください」と音声が流れた。

昼過ぎ、十二件目の荷物を抱えて階段を上っていると、妹の文乃から電話が来た。

「お兄ちゃん、駅で倒れた。たぶん、また心臓」

幼い頃から不整脈がある。迅は荷物を玄関前へ置き、車へ戻った。

「どこの病院だ」

「まだ救急車の中。家族の同意が要るかもって」

ハンドルを握る。端末が赤く光った。

《ストレス値七十四。運転資格を一時停止します》

「病院に行くだけだ」

《高ストレス状態の運転は、社会的損失を生じさせます》

ドアのロックが内側からかかった。規定では、数値が六十を下回るまで車内で待機する。外へ出て別の交通手段を使えば、荷物放棄として違約金が発生する。

助手席には、文乃から先月もらった交通安全のお守りが揺れていた。「お兄ちゃんは心配性だから」と笑って結んだものだ。迅はそれを外してポケットへ押し込んだが、数値は一つも下がらなかった。

迅は目を閉じた。文乃と河川敷を走った日を思い出す。手術前、怖くないふりをして笑っていた顔。数値は八十一になった。

「落ち着け、落ち着け」

言うほど八十五へ上がる。

荷室では保冷箱の警告音が鳴り始めた。最優先の荷物は、移植用の角膜だった。届け先は、文乃が運ばれたのと同じ中央病院。

画面に経路が表示されている。あと七分で着く。だが車は動かない。

会社から通知が来た。

《感情不適格による遅延を確認。代替運転者を手配しました》

《到着予定:四十三分後》

迅は窓を叩いた。九十二。

「角膜も妹も間に合わない」

端末は穏やかな声で繰り返した。

「安心して待機してください」

文乃からの通話が切れた直後、別の通知が届いた。

《ご家族の容体に関する情報は、運転再開後に確認することを推奨します》

迅は拳を振り上げたが、窓へ当てる寸前で止めた。

荷室の保冷装置だけが低く唸り、彼の手首には百という数字が静止していた。