尾を断った馬印
山塞トゥルガの馬印には、黒馬の尾が九本結ばれていた。
九つの氏族が城主バヤンに従う印だ。包囲軍も同じ九族から分かれた者たちで、誰が最初に城へ入るかを争っている。バヤンが生きている限りは大将の命令を待つ。死んだと知れば、首を奪うため一斉に走る。
旗持ちのクルタイは、九本の尾を根元から切った。
尾のない馬印は、草原では主なき軍を意味する。城主の死を偽れば、敵の九族は手柄を巡って割れる。その隙に、城兵は北谷から抜ける。
「俺はまだ生きている」
バヤンは石壁にもたれ、腹の傷を押さえていた。血は革鎧を黒く濡らし、朝までは持たない顔だった。
「敵は死んだと思います」
「味方もだ」
「生きていると示せば、全員ここで死にます」
バヤンは切られた尾を一本拾った。若い頃に自分で飼った黒馬のものだ。
「主を殺す旗持ちは初めてだ」
「首を斬るより軽い」
二人は笑わなかった。塔下では、負傷兵が馬印を見上げていた。尾が消えれば、彼らの忠義まで死んだことになる。
馬印を上げる塔には、城主の長子オルダンがいた。父が死ねば自分が九族を継ぐ。尾を断てば、継ぐものまで消える。
「上げさせぬ」
オルダンは弓を引いた。矢先はクルタイではなく、尾のない旗へ向いている。
クルタイは旗竿を横へ倒し、矢を柄で受けた。木が裂けた。
「夜が明ければ、城は落ちる」
「だから父の旗を汚すのか」
「朝まで綺麗なら、死体に似合う」
オルダンが二本目をつがえる。背後でバヤンの声がした。
「射るなら、旗持ちでなく俺を射ろ」
城主は自分の足で塔へ上がってきた。腹から血が石段に点々と残る。オルダンの弓が下がった。
バヤンは九本の尾を腕に巻き、塔の影へ座った。敵からは見えない。
「俺が死んだことにしろ」
クルタイは裂けた竿へ鉄輪を噛ませ、立て直した。
尾のない馬印が塔へ上がると、包囲陣の角笛が乱れた。東の氏族が先に動き、西が道を塞ぐ。罵声が矢になり、敵同士の盾へ刺さる。
バヤンは目を閉じたまま言った。
「北へ行け」
その命令とともに、トゥルガ山塞の北谷門が開いた。