屋上から東京は見えない
屋上へ上がるたび、親友は東京の方向を指した。
「たぶん、あっち」
山しか見えなかった。
親友は東京の大学へ行き、私は地元の役場を受ける。中学から、二人で上京すると言っていたのに、父が倒れてから私は進路を変えた。
「まだ間に合うよ」
親友は何度も言った。
「家のことは、お母さんと相談して」
「相談した結果だよ」
「でも、本当にいいの?」
その言葉が嫌いだった。
よくないと言えば、誰かが困る。いいと言えば、夢がなかったことになる。
「そっちは簡単でいいね」
口にすると、親友の顔が曇った。
「簡単じゃない」
東京の大学に合格したものの、親友は寮の抽選に外れ、家賃の安い部屋を探していた。親からの仕送りも少なく、授業とアルバイトを両立する予定だという。
「それでも行くんでしょ」
「行く。だから怖い」
私たちはフェンスにもたれた。
風が強く、進路資料が飛びそうになった。親友が押さえたのは、私の役場試験の願書だった。
「役場で何したいの」
聞かれ、答えに詰まった。
家に残る理由ばかり考え、仕事の中身を考えていなかった。
「父のそばにいるため」
「それは暮らす理由。働く理由は?」
腹が立った。
けれど、その夜から役場の事業を調べた。空き店舗対策、移住支援、地域交通。
町を出たいと思っていた私だからこそ、出ていく人と残る人の両方に関わる仕事があると知った。
面接では正直に話した。
本当は東京へ行きたかったこと。父の病気で進路を変えたこと。だからこそ、残る選択が諦めだけにならない町を作りたいこと。
合格通知を持って屋上へ行くと、親友は先に待っていた。
「東京、見える?」
私が聞くと、親友は山を指した。
「全然」
二人で笑った。
春、親友は上京した。
私は役場で働き始めるまで、まだ試験や研修が残っていた。
離れて一か月後、親友から東京の屋上の写真が届いた。高いビルばかりで、こちらの山は見えない。
私は学校の屋上から撮った写真を返した。
『東京は見えない』
すぐに返信が来た。
『こっちからも地元は見えない。でも、方向は分かる』
夢の場所は、見える距離にあるとは限らない。
私たちは別々の方向を指しながら、選んだ道を言い訳にしない約束だけは共有した。