屋上の青い鍵
朔の胸ポケットには、青い鍵が入っていた。
一年の六月、旧校舎の階段下で拾った。塗料が剥げ、番号札もない鍵だった。試しに屋上の扉へ差すと、回った。
それ以来、朔たちは昼休みになると屋上へ上がった。校則では立入禁止。けれど、フェンス越しに見える町は、教室よりずっと広かった。
進路で揉めた日も、模試で沈んだ日も、文化祭の後片づけをさぼった日も、青い鍵は扉を開けた。誰かが卒業したら後輩へ渡そう、と冗談で言っていたが、結局秘密を知る後輩はいなかった。
卒業式が終わると、朔は一人で屋上へ向かった。
扉の前には三田先生が立っていた。生活指導で、廊下を走るだけでも笛を吹く教師だ。
「それ、返しに来たか」
朔は逃げるのをやめ、鍵を差し出した。
「いつから知ってたんですか」
「最初から」
「じゃあ、なんで止めなかったんです」
「止めたよ。扉に立入禁止と書いてある」
先生は鍵を受け取り、しばらく眺めた。それから、屋上の扉へ差した。鍵は途中までしか入らなかった。
「この鍵、ここのじゃない」
「でも、ずっと開きました」
「この扉は三年前から錠が壊れてる。押せば開く」
朔は言葉を失った。
秘密の鍵など、最初からなかったのだ。
先生は扉を押した。春の風が階段へ流れ込み、卒業生の胸花を揺らした。
屋上には、古いベンチが一つ増えていた。背もたれに白いペンで書かれている。
――卒業生へ。本日だけ使用可。
「先生が?」
「用務員さんだ。お前らが毎日、床にパンくず落とすから、せめて座れって」
朔は笑った。笑ううち、急に泣きたくなった。
ベンチに座ると、校庭で写真を撮る同級生たちが見えた。三年間、誰にも見つからない場所だと思っていた。実際は、見つけられたまま、黙って見逃されていた。
「鍵、どうします?」
「持っていけ。どこの鍵か、卒業研究にしろ」
「大学でそんな研究しません」
「じゃあ、お守りにしろ」
朔は青い鍵を握った。何も開けない鍵だった。
それでも校門へ向かうとき、胸ポケットの中で確かな重さがした。扉を開けたのは鍵ではなかったと知った今、その重さは前より少しだけ頼もしかった。