島へ渡る回数券

故郷の島へ戻るなら、最終フェリーが冬季減便に入る前がいい。

そう書かれた自治体の案内メールを、夏澄は三日間開いたままにしていた。島の空き住宅を使う半年間の滞在者募集。申込締切は今夜。選考ではなく先着順で、あと一室だけ残っているという。

机には二冊の回数券がある。東京の地下鉄回数券は残り九枚。島のフェリー回数券は、先月の下見で買い、残り十枚のままだ。

島に暮らせば、船が出ない日は本当に出られない。東京にいれば、どこへでも行ける気がする。実際には、夏澄は毎日ほぼ同じ三駅しか移動していなかった。

二十九歳になると、自由は選択肢の多さではなく、選ばなかった数で測られるようになった。島を選べば、夜の映画も、急な誘いも、思いつきの遠出も減る。東京を選べば、海を渡る朝も、顔を覚えられる店も、窓を開けたときの無音も持てない。

どちらが豊かかではなく、どちらの不便を払うかだった。

荷造り用に出した箱へ、夏澄は都会でしか使わない物と島で必要になりそうな物を分けてみた。終電後用の折り畳み自転車、強風に耐える洗濯ばさみ、深夜まで開く店のポイントカード、停電用のランタン。分けるほど、どちらの生活も道具に支えられた不完全なものだと分かった。

夏澄は申込フォームを開いた。志望理由の欄に、最初は「島の暮らしに魅力を感じ」と書いた。消した。魅力なら旅行でも味わえる。

〈船が出ない日にも、ここにいたいと思えるか試したい〉

そう書いて送信ボタンに指を置く。

その瞬間、東京の友人からメッセージが届いた。〈来週のライブ、追加席取れたよ〉。続いて島の管理人から、〈今日の海、荒れてます〉と灰色の波の写真が来た。

晴れた島と楽しい東京ではなく、荒れた島と予定のある東京が並んだ。

夏澄はライブのメッセージに「行けない」と返し、申込を送信した。チケット代は戻らない。友人をがっかりさせる。島へ行っても、退屈して一か月で逃げ帰るかもしれない。

フェリー回数券の最初の一枚に、出発日を書き込む。

十枚すべて使うと誓わない。ただ、使わなかったライブの席も、自分が払った選択の一部として忘れないことにした。