嵐の日の休漁通知

波佐間蓮は遠洋漁船で十五年、海を嫌いになる暇もなく働いた。

油染みの防水服は脇が裂け、塩で硬くなった手袋には何度縫っても穴が開いた。航海中は三時間眠れれば上等。陸へ戻っても船長から緊急連絡が届いた。「明朝出港」「欠員」「家族の用事は後にしろ」。蓮に家族はいなかったが、自分の用事まで後回しにする義理はないと思い、港町を離れた。

小さな入り江で得た無限収納には、魚を入れた瞬間の鮮度を保つ力があった。蓮は地元の小舟漁師たちへ、網に付ける収納環を貸した。獲れた魚は船上で選別され、必要な分だけ朝市の台へ送られる。売れ残りは庫内へ戻り、翌日も今揚がったような目をして並ぶ。

腐らないから、漁師たちは無理に獲りすぎなくなった。嵐の予報が出れば、誰も船を出さない。以前なら売れ残りを恐れて網を満杯にした漁師も、「明日の分は海へ残そう」と早く戻る。蓮は収納環の貸料と販売手数料を受け取った。

何より、港に夜の怒鳴り声が減った。魚を急いで箱へ詰める必要がなく、若い漁師が子どもの夕食に間に合うようになった。蓮も、夕焼けを仕事の合図ではなく、ただの景色として見られるようになった。その変化を、港では不漁ではなく休日と呼ぶようになった。

昼前、浜の貝殻端末がころりと鳴る。

《本日の自動精算完了》

《一週間休漁しても生活費を維持できます》

蓮はその通知を、海から許可をもらったように感じた。

直後、元船長の怒鳴り声が貝殻から響く。

「今夜出るぞ。魚群が来た。お前がいないと冷蔵庫が回らん」

「嵐になります」

「だから急ぐんだ。特別手当も出す」

蓮は水平線を見た。沖には黒い雲が重なっている。昔なら命令に従い、怖さを冗談で隠しただろう。

「船も仕事も、もうあなたのものです。俺の夜は俺のものです」

船長が罵る前に通話を切り、貝殻端末を裏返した。防水服は収納せず、港の修繕所へ寄付する袋へ入れた。

蓮は浜辺に椅子を出し、熱い茶を注いだ。沖へ出る代わりに、嵐が来るまで波を眺めることにした。