巻き取られた七センチ
高層工事現場の詰所で、タワークレーンの始動鍵が消えた。安全責任者の鉄尾は作業停止を命じ、鍵を図面台へ置いて三人の班長を集めた。外で鉄板が倒れる音がし、全員が窓へ目をやった一瞬の後、鍵はなくなっていた。詰所は強風のため内側から施錠され、室内の六人は誰も出ていない。
容疑者は測量班の延原、鳶班の岩垂、電気班の室賀。鍵があれば、停止命令を無視して夜間搬入を続けられる。手袋や工具箱を検査しても見つからない。岩垂は腰の巻尺まで外して見せたが、「鉄の薄板しか入らない」と分解を拒んだ。
始動鍵がなければ翌朝までクレーンは動かせず、搬入会社には巨額の違約金が生じる。延原は図面の誤りを責め、室賀は電源を切れば鍵など不要だと言い、岩垂は作業員を帰すなと怒鳴った。三人の工具は種類が多かったが、鍵を一瞬で隠し、しかも外見をほとんど変えない物は限られていた。
手掛かりは三つだけだった。第一に、図面台の塗装には鍵輪から巻尺まで、七センチの真っすぐな擦り跡があった。第二に、岩垂の巻尺は目盛りをすべて戻しても七センチだけ口元に残り、内部で何かが噛んでいた。第三に、鍵輪の穴は巻尺先端の小さな爪が通る大きさで、爪には新しい黄銅色の塗料が付いていた。
室賀が巻尺を振ると、ケースの中で硬い物が鳴った。岩垂は「落とした釘だ」と言ったが、釘なら巻取りばねの奥へ入らず、七センチを同じ長さで止め続ける理由にならない。
私はケースのねじを外した。巻かれた鋼帯の内側から鍵が現れた。「岩垂さんは騒音の瞬間、巻尺の爪を鍵輪へ掛け、指を離した。ばねが鍵を七センチ引きずってケースへ巻き込んだのです。台の直線傷が移動を、戻らない七センチが内部の異物を、爪の塗料が接触を示す。鍵を握る必要さえない。測る道具を、鍵を呑み込む道具へ一度だけ変えた仕掛けです」巻尺を分解させまいとした態度は証拠ではありませんが、三つの物証が示す結論と一致します。騒音が消えてもばねは働き続け、鍵を人目から引き離した。七センチという半端な数字こそ、巻き込まれた物の大きさを語っていました。