席札に描かれた橙の星
冬木絵麻が結婚式の席へ着くと、席札の隅に小さな橙色の星が描かれていた。
新婦とは大学時代の友人だ。けれど橙の星は、絵麻がデュオORANGE LINEを応援するファンアカウント「夜更けの柑橘」で使っている印でもある。友人には趣味を隠してきたはずだった。
披露宴が始まる前、向かいの席の女性が星を見て息をのんだ。胸元の名札には、絵麻の取引先で何度か会った広報担当の名字がある。
「もしかして、夜更けの柑橘さんですか」
仕事の場でいつも隙のない相手だった。絵麻は否定しようとしたが、司会の声に遮られた。
新婦からのメッセージカードを開く。
〈大学の頃、私が何をしても駄目だと言っていた夜に、偶然あなたのアカウントを見つけました。あの文章が絵麻だと気づいたのは去年です。勝手に言わないと決めていました。今日だけ、同じ星を好きな人の隣にしました〉
向かいの女性も橙の星のカードを持っていた。彼女はファンアカウントで何度も言葉を交わした「六時の窓」だった。
二人は顔を見合わせた。仕事の肩書も、フォロワー数も、その席では役に立たない。
絵麻は「六時の窓」にだけ、推しの活動休止で食事が喉を通らなかった夜のことを書いた。一方、相手は転職初日に駅のトイレから不安を送ってきた。互いの顔を知らないから言えた言葉が、いま礼服を着た本人の間に置かれている。恥ずかしさはあったが、それ以上に、あの夜の相手が無事ここへ来たことがうれしかった。
「いつも感想、楽しみにしています」
先にそう言ったのは相手だった。
式の終盤、ゲストブックが回ってきた。絵麻は本名だけを書き、いったんペンを置いた。だが橙の星を見て、下へ小さく「夜更けの柑橘」と添えた。
向かいの女性も、名字の隣に「六時の窓」と書いた。
新婦は二人分の署名を見て、遠くから親指を立てた。
祝われているのは新郎新婦なのに、絵麻もまた、隠していた名前に席を一つ用意してもらった気がした。
それは、絵麻が自分で選んで座った席だった。