帰宅部の終業練習
私たちは帰宅部なのに、毎日いちばん遅く帰った。
放課後の教室で、窓がオレンジ色になるまで雑談する。好きな先生の口癖、購買の新商品、進路のこと。話題がなくなると、机の傷を数えた。私は家へ帰ればすぐ夕食の支度があり、友人は年下のきょうだいを迎えに行く。それでも、この教室にいる間だけは、まだ何者にもならなくてよかった。
卒業まであと十日。
「今日は練習しよう」
友人が言った。
「何の」
「一人で帰る練習」
春から友人は上京し、私は地元で働く。毎日の放課後は終わる。
まず友人が五分先に教室を出ることにした。
「じゃあ、また明日」
「うん」
扉が閉まる。
静かすぎた。
私は三十秒で廊下へ飛び出した。
友人は階段の前で待っていた。
「早い」
「忘れ物」
「何を」
「帰り道」
失敗だった。扉一枚ぶんの静けさにさえ、まだ慣れていなかった。
次は私が先に出た。昇降口まで行き、靴を履き替えたところで、背後から走る音がした。
「忘れ物」
友人が言った。
「何を」
「同じ」
二人で笑った。
三回目は、校門で別々の方向へ歩くことにした。
夕日が低く、影が長く伸びていた。右へ行く私の影と、左へ行く友人の影が、門の前で一度だけ交差する。
十歩進む。
振り返らない約束だった。
十二歩目で、同時に振り返った。
「無理じゃん」
友人が叫んだ。
「十日じゃ足りない」
私は答えた。
結局、その日も駅まで一緒に歩いた。
「上京したら、帰宅部じゃなくなるね」
「大学にも帰宅部はあるでしょ」
「放課後がないかも」
「じゃあ作る」
友人は、毎週金曜の夜を「遠隔放課後」にすると決めた。画面越しに一時間、どうでもいい話をする。
卒業後、最初の金曜。
約束の時間に友人から着信が来た。
私は仕事帰りのバス停にいた。街はオレンジ色で、制服ではない自分の影が長く伸びていた。
画面の向こうにも、見知らぬ街の夕暮れが映っていた。
一人で帰る練習は、結局一度も成功しなかった。
けれど別々の道を歩きながら、同じ放課後を作ることはできた。