帰省しない妹
羽純は、母が倒れてから一度も帰省しなかった。
毎月お金だけは振り込む。罪悪感を買い取るような額で、私は入金通知を見るたび母に「またお金だけ」と伝えた。
母のスマートフォンは、夜になると機内モードにする。着信音で眠れないからだ。昼間も私が預かり、知らない番号は先に切る。詐欺が多い時代、認知症の母を守るには当然だった。
ただ、羽純から届く宅配便の写真だけは母へ見せた。カードは抜いた。遠くの娘が元気そうだと分かれば十分で、会いたいなどと書かれた言葉は期待を持たせるだけだから。羽純の名を聞くと母は落ち着かなくなったので、『忙しくて来られないって』と先回りした。母が電話を探す日は、充電が切れたと言って端末を押し入れに入れた。翌朝には本人も忘れていた。
親戚は私を褒めた。仕事を辞め、恋人とも別れ、母のそばに残った。羽純は薄情だと皆が言った。私は否定したふりをしながら、家族のグループチャットへ母の痩せた手を送った。
介護サービスの担当者会議の日、玄関が開き、羽純が入ってきた。母は幽霊を見るような顔をした。
「電話、嫌だったんじゃないの」
母が言うと、羽純は泣いた。毎週三回かけ、留守電も残し、帰省日を私に相談していたという。私は感染症が流行っている、母が会いたがらない、今は刺激しないで、と返信していた。
羽純は送信履歴を見せた。私の言葉だった。
私は母を守っただけだ。羽純は来れば優しい娘になり、数日で帰れる。残された母が落ち込むのを支えるのは私だ。最初から会わせなければ、傷つくこともない。
担当者が母の端末を調べると、ブロック一覧に羽純の番号があり、削除された留守電はクラウドに残っていた。そこには施設探し、在宅費用、私の復職支援まで具体的な提案が入っていた。
羽純は何もしていなかったのではない。私が、何もさせなかった。
母は羽純と同じ部屋へ移る準備を始めた。私は一人になった家で、古い端末の同期を止めた。
消した着信履歴は、私が母の隣に座っていた時間だけ、毎週きれいに並んでいた。