干潮より遅い入港税

海神祭の夜、港宮の広間には青い灯が揺れていた。ハドリアン王子は航海士たちの前で、婚約者マリエッタへ罪状を読み上げた。

「南方商船の入港税を横領した。税は第三鐘に徴収されたが、国庫へ届いていない。港務を任せたお前の犯行だ。婚約を破棄する」

彼は商船の入港証を掲げた。確かに第三鐘、徴収済みと記されている。

マリエッタは十二歳から潮汐表を写し、船底の深さごとに通れる時間を覚えてきた。港を知らぬ貴族たちは、その知識を「帳簿好きの偏屈」と呼んだ。ハドリアンは、彼女が数字に埋もれて反論できないと思ったのだろう。

マリエッタは窓の外の黒い海を見た。潮は誰かに味方しない。だからこそ、人間の証言より公平だった。

「その証を真正なものとして告発なさるのですね」

「当然だ」

海軍提督ブランケルが、入港証を受け取った。港の証書には潮時計の欠片が一粒封じられている。海門を通った瞬間の潮位を、一度だけ青い線として再現する。

彼が証書を折ると、宙に海面の線が現れた。

第三鐘の海は最干潮。南方商船ほどの喫水なら、港へ入るどころか外礁で座礁する高さだった。

さらに青い線の端に、実際の通過時刻と徴税口座が浮かぶ。

――第一鐘。

――受領、ハドリアン王子私庫。

広間の船乗りたちは、笑わなかった。ただ潮を見る者の冷たい目で王子を見た。

「緊急の艦隊費だった」とハドリアンが叫ぶ。「マリエッタ、説明を整えろ。婚約破棄は取り消す」

彼女は首を横に振った。

「潮は命令で満ち引きいたしません。事実も同じです」

港務章と重ねていた婚約鎖だけを外し、入港証の上へ置いた。

「お前は海を知らない国で生きられない」と王子が言う。

「だから海を知る方々のいる場所へ参ります」

マリエッタは彼に背を向けた。ブランケルは露台から桟橋へ降りる階段で、日に焼けた手を差し出していた。新航路の監督を任せるという言葉は、すでに不要だった。

彼女は青い灯の下を歩き、波音へ向かってその手を取った。