座敷童は六畳を譲らない

取り壊し前の古い旅館、その六畳間だけは内見できない。

芽衣が管理会社の鍵で襖を開けると、藍色の着物を着た子どもが、畳の上で青い硝子玉を転がしていた。

「大人は部屋を狭くする」

座敷童の小苑は、出ていく気がないらしい。人間の大人は、幸せになるたび家具を増やし、息をする場所を減らすから嫌いだと言った。

芽衣は来月、恋人と暮らし始める。

新居は駅近の一LDK。彼は大きなテレビを持ち込み、芽衣の本棚は処分する予定だ。仕事机も一つで足りると言われた。結婚を考えるなら、そのくらい譲り合うものだと思っていた。

けれど段ボールへ本を詰めるたび、どこへ引っ越すのか分からなくなる。

「一緒に住むのが、嫌なのかな」

「知らない。人間の恋は湿気が多い」

小苑は青い硝子玉を転がした。玉は芽衣の足元を一周し、畳に四角い光を描いた。ちょうど一畳ぶんだった。

「ここに置きたい物を三つ言え」

「本棚と、机と……一人で飲むマグカップ」

「四つ目は」

「三つって」

「本当の物は、数を決められると最後に出る」

芽衣はしばらく考えた。

「鍵。私だけが開ける場所の鍵」

小苑は満足そうに鼻を鳴らした。

恋人を嫌いなわけではない。一人になれる場所を欲しがる自分を、結婚に向いていないと思っていただけだ。

「譲り合いって、全部半分にすることじゃない?」

「半分にしたら、どちらの物でもなくなる物がある」

小苑は硝子玉を芽衣へ渡した。新居の図面に置くと、リビングの隅に一畳ぶんの青い四角が浮かんだ。

その夜、芽衣は恋人へ、本棚と小さな机を置きたいと伝えた。声は震えたが、彼は驚いたあと、テレビを少し小さくしようと言った。

翌日、旅館を訪ねると、六畳間は空だった。畳の中央に新しい札がある。

――一畳、貸し出し中。

「六畳を譲らないんじゃなかったの」

天井裏から、小苑の声がした。

「大人は部屋を狭くする。だからお前の一畳を、ここで預かっておく」

芽衣の掌で硝子玉が鳴った。

鍵のような音だった。