廃坑で蜂蜜茶を

ラウルが手に入れた銀山は、帳簿の上では価値がなかった。

坑道は曲がり、銀の筋は細く、昔ながらの人足を入れれば賃金のほうが高くつく。だが天井に棲む鉱石蝙蝠は、銀を含む石だけを見分けた。夜に欠片をくわえて巣へ運び、朝になると、床の受け皿へ不要な銀粒を吐き出す。選別箱が自動で精錬所へ送り、代金はラウルの口座へ入る。

つまり彼は、蝙蝠の寝床を荒らさず、受け皿を置いておくだけでよかった。

商会の会計課にいたころは、逆に毎日を荒らされていた。焦茶の制服は机の角で腹部が擦れ、袖には夜食の油染みが重なっている。数字の誤りを見つければ修正役、見つけなければ責任者。辞めた今も、通信帳には『至急確認』が未読のまま増えていた。

ラウルは帳簿ではなく、蜂蜜茶の濃さを確かめていた。

最初は毎朝、銀粒の数を三度数えた。収入が途切れる恐怖より、何かを確認し続ける癖が抜けなかったのだ。ある日、蝙蝠が帳面の上で眠り、それ以来、数えるのをやめた。

坑口の入金箱が、こつんと鳴る。

《銀粒二袋、売却済み。本月の支出予定を超過しました》

超過といっても、蜂蜜をもう一瓶買える程度だ。それでいい。贅沢よりも、間違った帳簿へ頭を下げずに済むほうが価値がある。

通信帳が勝手に開き、元課長ディンの筆跡が現れた。

《監査が入る。先月分の帳尻を合わせろ。戻れば主任待遇にする》

ラウルは一行だけ書いた。

《合わせません。正しい数字を提出してください》

《それでは商会が困る》

《私が困らされる理由にはなりません》

《昔の仲間を売るのか》

ラウルは蜂蜜茶を一口飲んだ。苦みがなくなるまで待ってから、返した。

《私を仲間と呼ぶなら、残業代を未払いにしなければよかったですね》

通信契約を解除すると、帳面の文字はすべて消えた。真っ白な紙は、蝙蝠の糞受けには上等すぎる。ラウルは薪の焚き付けにすることにした。

坑道の外では、蜜蜂が草花の上を忙しく飛んでいる。

忙しいのは彼らの選択だ。ラウルは木陰の椅子を倒し、蜂蜜茶を腹の上に置いた。

冷める前に飲むつもりだったが、先に眠気のほうを受け入れた。