延滞一日分の勇気
返却期限を一日過ぎた本を、彼女は朝から鞄に入れたままだった。
図書室へ行けば済むのに、休み時間のたび入口まで行って引き返す。
「怒られないよ」
僕が言うと、彼女は本の角を握った。
「延滞が怖いんじゃない」
その本は、先月学校を休み始めた友達から借りたものだった。図書室の本を又貸しされた形になる。返却しようにも貸出名義は友達で、事情を話せば欠席の理由まで聞かれそうだった。
友達は教室で無視されることが増え、ある日から来なくなった。彼女はそばにいたのに、何も言えなかった。最後に渡された本を、返すことも読むこともできずにいた。
放課後、二人で図書室へ行った。
カウンターの前で、彼女は黙ったまま本を差し出した。司書の先生はバーコードを読み、画面を見た。
「一日延滞」
彼女の肩が跳ねた。
「借りた本人は?」
先生の問いに、彼女は口を開いたが声が出なかった。
僕は代わりに話そうとした。けれど彼女が袖をつかんだ。
「休んでます」
小さな声だった。
「私が持ってました。返すのが遅れました」
先生は画面から目を離し、本を開いた。間に一枚のメモが挟まっていた。
『最後まで読めたら、感想を教えて』
友達の字だった。
彼女は初めてその紙を見たらしく、息を止めた。
「まだ読んでないの?」
先生が聞いた。
彼女はうなずいた。
司書の先生は返却処理をせず、貸出期間を一週間延ばした。
「本人に返す前に、読んだほうがいい」
「でも、又貸しです」
「今度からしないこと。今回は、感想が延滞中だから」
僕らは窓際の席に座った。彼女は本を開き、僕は向かいで待った。途中、何度もページが止まった。友達の好きそうな場面を見つけるたび、泣きそうな顔になった。
閉館までに読み終わらず、翌日も、その次の日も通った。
一週間後、彼女は本を返し、代わりに便箋を借りるような手つきで一枚取った。
感想を書いた。面白かった場面、分からなかったところ、返却が遅れたこと。最後に、『何も言えなかったのも遅れてごめん』と書いた。
その手紙を持って、友達の家へ行った。
僕は門の外で待った。十分後、玄関が開き、彼女の隣にもう一人が立っていた。制服ではなく部屋着で、顔色は白かった。
けれど手には、次に貸すつもりらしい本があった。
返却期限はとっくに過ぎていたのかもしれない。
それでも、一日分の勇気を何日も重ねれば、続きを借り直せることがある。