役立たずの名を脱ぐ白札

夜半になると、名前を売る小店〈余白屋〉は白い看板を掲げる。昼は他人の評価が大声で飛び交うから、店主ユノクは静かな夜にしか名札を売らなかった。

店主ユノクの最初の客は、鎧を脱いだ剣士マティアスだった。頭上には赤い文字が浮いている。

【役立たず】

冒険者組合が追放者へ刻む評価印だ。一度付けば、宿でも武具店でも同じ文字が見え、仕事を断られる。通りの子どもにまで指を差され、剣を抜く前から敗者として扱われた。マティアスは仲間を守るため撤退を提案した。それを臆病とされた翌日、印を刻まれたという。

「消せるか」

「消す商品はありません」

ユノクが答えると、剣士の肩が落ちた。だが店主は棚から、何も書かれていない白木の札を一枚下ろす。

「あるのは〈自称札〉。他人が付けた名の上へ、自分で選んだ名を掲げる品です」

「そんなもので組合印に勝てるのか」

「勝つ必要はありません。どちらを読ませるか、あなたが決めるだけです」

札を胸へ当てると、白い面に筆が浮かんだ。マティアスは「英雄」と書こうとして止まり、「最強」も消した。長い沈黙の末、ゆっくり二文字を書く。

【生還者】

札が淡く光った。

頭上の【役立たず】は残っている。けれど店の鏡には、白札の二文字だけが大きく映った。ユノクが戸口を開け、通りの夜警石へ札を向ける。石は組合印ではなく、澄んだ声で告げた。

『生還者マティアス。通行を許可します』

追放以来、初めて門に拒まれなかった。夜警石の脇にある依頼板も反応し、これまで灰色だった護衛依頼の一枚が、受注可能の青へ変わる。マティアスは札を握ったまま目を閉じる。

「俺は、逃げたんじゃない。全員を帰そうとした」

「その名なら、札は剥がれません」

代金は銀貨二枚だった。マティアスは最後の三枚を置き、釣りを取らない。

「一枚は代金。一枚は、最初に俺を名前で呼んだ礼。残りは注文だ」

「同じ札を?」

「今度、俺の判断で生き残った奴が来る。そいつが自分の名を書くための一枚を」

扉を出た彼の頭上には、赤い文字がまだ浮かんでいた。しかし背中を見送る夜警石は、もう一度「生還者」と呼んだ。

ユノクが空いた棚へ新しい白札を置くより先に、店のベルが小気味よく跳ねた。