懲役百年の解放

不破木津路は、現実では三十二歳だった。仮想刑務所では百十六歳だった。

傷害事件で懲役八年。時間加速された矯正世界では、現実の一日が一年に相当する。津路は百年分の反省教育を受け、被害者の痛みを模擬体験し、何度も謝罪文を書いた。八日後に釈放されるはずだった。

七日目、刑務所サーバーの重大故障が発表された。修復には費用がかかり、運営は停止を選んだ。現実の受刑者は別施設へ移されるが、百年を生きた仮想人格は「一時的な訓練状態」として保存されない。

若い肉体へ戻れば、津路は百年の記憶を失う。

「それが普通です」と看守AIは言った。「矯正成果の要約だけが反映されます」

要約には、反省度九十三、再犯率四パーセントとあった。妻の死を看取ったことも、庭で育てた椿も、同房の老人と交わした千回の将棋も、一行にもならない。

百年の間に、津路は自分が犯した一瞬を何万回も見直した。だが反省が深まるほど、点数で赦されたくないと思うようになった。被害者の人生は訓練課程ではなく、今も現実で続いている。

停止まで六時間。受刑者たちは暴動を起こした。どうせ消えるなら、と建物に火をつけた。津路は逃げず、食堂へ向かった。怯える新人たちに椅子を並べ、最後の食事を作った。

「なぜ助ける。全部消えるんだぞ」

「消えるから、何をしても同じだった頃の俺に戻りたくない」

最後の一時間、暴動は静まった。百年生きた者たちは、互いの名前と覚えてほしい出来事を語った。津路は全員分を聞いた。

停止後、現実の津路は病院で目を覚ました。頭には八日分の疲労しかない。妻はまだ三十歳で、椿の鉢もなかった。

だが食事を運んだ看護師が盆を落とした瞬間、津路は反射的に手伝った。以前の彼なら舌打ちしていたはずだった。

釈放後、彼は刑務所で聞いたはずのない名前を紙へ書き続けた。理由は分からない。百年は消えたのに、手だけが人を見捨てる順番を忘れていた。

津路はその手で、被害者への手紙を書き直した。今度は反省点数を上げるためではなく、返事が来ないことを承知で送った。