打ち上げ四秒前
花火は、打ち上がってから開くまで約四秒ある。
写真部の僕は、その四秒で構図を決める。三脚、絞り、シャッター。河原に並ぶ人影を下へ入れ、空を広く取る。
「難しそう」
隣で、同じ部の後輩が言った。
彼女はいつも制服に大きなカメラを下げている。けれど今夜は浴衣で、カメラの代わりに小さな巾着を持っていた。
「撮らないの?」
「今日は撮られる側を練習します」
学校では誰かにレンズを向けられると必ず隠れるくせに、今日は妙に堂々としていた。
最初の花火が上がる。
一、二、三、四。
空に赤い輪が開く。僕はシャッターを切った。
二発目、三発目。順調だった。
「先輩」
呼ばれて振り向く。彼女がこちらを見ていた。花火の光で、浴衣の柄が一瞬ずつ浮かぶ。
「似合いますか」
その質問と同時に、打ち上げの音がした。
一、二。
僕は答えようとした。
三。
彼女が少し不安そうに笑った。
四。
花火が開く瞬間、僕は空ではなく彼女へカメラを向けた。
シャッターを切る。
「今、花火を撮り損ねましたよ」
「知ってる」
「部長に怒られます」
「僕が部長だ」
彼女は笑った。
帰宅後、撮った写真を確認した。花火の写真はどれも予定どおりだった。けれど一番よかったのは、彼女が笑う直前の一枚だった。
背景の花火はぼけ、顔にも少し手ぶれがある。それでも、学校で見たことのない表情が写っていた。
翌日、部室で見せると、彼女は長く黙った。
「消しますか」
「嫌なら」
「嫌じゃないです」
彼女は画面を拡大し、ぼけた花火を指した。
「これ、何秒前ですか」
「開いた直後」
「じゃなくて、先輩が撮ろうと思ったの」
答えるまでに四秒かかった。
「似合うって言おうとした直後」
彼女は浴衣のときより赤くなった。
文化祭の写真展で、その一枚を出した。題名は『打ち上げ四秒前』。空には完成した花火が写っていない。
来場者の投票では一位になった。
彼女だけが、題名の意味を知っていた。
写真展の最終日、作品の前で彼女が僕の袖を引いた。
「次の夏も、撮られる側を練習します」
僕はカメラを構えず、うなずいた。