抱擁禁止区域

久我原玲奈の腕は、国境戦争で兵器になった。骨の代わりに砲身、指の代わりに照準器。帰還後も軍の所有物で、民間区域では安全制御が働いた。

十年ぶりに会った息子は、玄関で両手を広げた。

玲奈が近づくと、腕が背中へ固定された。

《非戦闘員との接触を禁止します》

「ごめん」

息子は笑って「平気」と言った。だがその日から、二人の間にはいつも半歩の距離が残った。食器は持てても頭を撫でられない。誕生日のケーキは正確に八等分できたが、蝋燭を消した息子の肩には触れられなかった。夜になると腕が自動診断を始め、照準器の作動音で息子を起こした。転びそうな息子を支えようとすると、標的誤認警告が鳴った。

軍は、英雄の身体を広告に使った。玲奈は講演で「この腕が国を守りました」と話した。拍手を受けるたび、守ったはずの息子に触れられないことが可笑しくなった。

息子の卒業式の日、群衆の中で将棋倒しが起きた。玲奈は反射的に駆けたが、安全制御が腕を封じた。息子は他人の肩を借りて立ち上がった。

「母さんは悪くない。そういう腕なんだろ」

その優しさが、玲奈には命令より苦しかった。

彼女は軍の許可を得ず、町外れの修理工房へ行った。違法整備士は、右腕の兵装を外し、古い介護用義手へ替えた。握力は弱く、指は五本同時にしか動かない。軍籍と年金の大半を失った。新しい腕ではシャツのボタンも留められず、玲奈は何度も床へ落とした。かつて一キロ先を狙えた指で、生活を一から覚え直した。

帰宅すると、息子は台所でカレーを温めていた。

玲奈は新しい腕を伸ばした。制御が悪く、抱きしめる力を間違えて、息子が「痛い」と笑った。

「ごめん」

「今度は、ちゃんと母さんのせいだ」

玲奈も笑った。翌朝、息子の肩には小さな青あざができていた。玲奈は謝り、息子は「次はもう少し弱く」と注文した。失敗を次へ直せることが、命令どおりの成功より嬉しかった。左腕にはまだ照準器が残っていたが、右腕は震えながら息子の背中を覚えた。

国を守った身体より、一人を抱きしめられる不器用な身体を選んだ日、玲奈はようやく戦争から帰ってきた。