拍手のない提案
広告営業の鷹森琴葉は、地方旅館の若社長から「若者向けの動画を作りたい」と依頼された。
会議室のモニターには、人気俳優が温泉街を走る企画案が映っていた。制作費は旅館の年間広告費の半分。社長は興奮していたが、経理担当は青い顔をしていた。
琴葉は企画の説明を止め、過去一年の予約表を見せてもらった。二十代の予約は確かに少ない。しかし問い合わせの電話は多く、そのほとんどが「駅から送迎はあるか」で終わっていた。
「若者に知られていないのではなく、来方が分からないのでは」
制作会社の担当者が咳払いした。動画を売る場で、動画が不要だと言い出す営業は歓迎されない。
琴葉はKPIを再設定した。再生数ではなく、送迎予約を含む宿泊予約数にする。媒体も全国配信の動画広告から、駅名を検索した人に出す短い案内と、予約画面の送迎選択欄へ変える。
社長は不満そうだった。
「地味すぎないか。話題にならない」
琴葉は、派手な動画の想定CPAを計算した。満室になっても回収に二年かかる。一方、送迎車には空席があり、運行回数を増やさず一便あたりの客数を増やせる。
ただし、予約だけ増やせば事故が起きる。現在の送迎時刻は列車到着の三分後で、初めて来る客には乗り換えが間に合わない。琴葉は広告公開前に、出発を十分遅らせるよう旅館へ頼んだ。
「広告の仕事で、バスの時刻まで決めるのか」
若い従業員に予約画面を操作してもらうと、送迎の選択欄は最後の確認画面に隠れていた。琴葉は広告費を足す前に、その欄を宿泊日入力の直後へ移すよう頼んだ。客が迷う場所を残して集客だけ増やすと、電話対応が先にあふれる。
「広告を見た人が乗れなければ、怒られるのは旅館です」
会議室に拍手はなかった。俳優の企画は中止され、十五秒の駅構内案内と予約画面の改修だけが決まった。契約額は三分の一になった。
一か月後ではなく、その日の夕方、最初の予約が入った。備考には〈送迎が分かりやすかった〉とあった。
琴葉が結果を社内へ送ると、制作部から返信が来た。
〈空いた撮影班を、明朝の新規提案に回します。営業同行お願いします〉
彼女は温泉の映像を閉じ、次の会社の予約画面を開いた。