拍手禁止の最終公演

逆井奏太は、解散ライブの客へ拍手を禁じた。

〈逆光メトロ〉の最後の一曲では、手拍子も歓声も立ち上がることも禁止。告知文は「無音まで含めて作品です」と説明したが、本当の理由を知るのは奏太だけだった。

半年前のライブで、女性客が非常階段から転落死した。事故の瞬間、会場には大きな拍手が起き、監視録音は何も拾えなかった。警察は単に足を滑らせたと判断した。だが彼女は死ぬ前、マネージャーによるチケット横流しの証拠を奏太へ送っていた。

最後の曲名は〈無響室〉

「鳴らさないで」

イントロで奏太が囁く。三千人の客席が、合図もなく同時に息を止めた。聞こえるのは、ピックが弦に触れる擦れと、ドラムのブラシだけ。Aメロに入ると、薄暗い会場の四隅に設置した超指向性マイクが、座席ごとの微音を波形に変え始めた。

舞台袖で、金属を二度たたく音がした。

あの夜の録音にも、拍手の下に同じ音があった。マネージャーが身につける、二つの鍵束がぶつかる音だ。

「鳴らさないで」

サビでスクリーンに半年前の音声が再生された。拍手成分だけが、今夜集めた三千人分の無音サンプルを使って除去される。歓声の壁が薄くなり、その奥から女性客の声が現れた。

――離して。階段には行かない。

続いて、鍵束が二度鳴る。男の息。靴底が床を滑る音。

マネージャーは音響卓へ駆け寄った。焦った拍子に、腰の鍵束がぶつかった。

カン、カン。

会場のマイクが拾い、半年前の波形と一致率九九・八パーセントと表示する。観客は拍手をしない。だから、その二音だけが恐ろしいほど鮮明だった。

最後の一音を奏太が止めると、録音には女性客の落下音ではなく、扉が閉まり、マネージャーが「拍手で消えた」と笑う声まで残っていた。

警察官が舞台袖へ入る。

奏太は震える客席へ頭を下げた。

「鳴らさないで」

追悼のため静かにしてくれというお願いではない。人の死を覆い隠してきた拍手を、今夜だけは共犯の音にしないための拒絶だった。