採用枠ひとつ
放送研究会のスタジオには、椅子が三脚、マイクが二本しかなかった。
葛城奏と桐谷壮馬は、同じ放送局のアナウンサー試験を受けた。最終まで残ったのも二人。採用されたのは奏だった。
「おめでとう、って本番では言えるんだけどな」
壮馬はミキサー卓の前で笑った。
「いま言えてる」
「声が笑ってないだろ」
宍戸瑞葉は、地方のケーブルテレビで番組制作をすることに決まっていた。画面には出ない。
「最後の収録、始めるよ。テーマは『卒業後の夢』」
「悪趣味」と奏。
「三人の希望で決めた企画です」
赤いランプが点く。収録前、奏の鞄から放送局の封筒が見え、壮馬は二度も視線をそらした。瑞葉だけが、いつものように秒数を数えていた。
奏は全国放送で災害情報を伝えたいと言った。壮馬は、就職浪人せず話し方教室の講師になると言った。瑞葉は、町内会の祭りから議会中継まで何でも撮ると言った。
「壮馬、来年また受けないの?」と奏。
「教える仕事を逃げ道みたいに言うなよ」
「そんなつもりじゃ」
「面接で使った締めの言葉、俺の台本だったよな」
奏の手が止まる。最終審査のフリートークで、彼女は番組の決まり文句を使った。〈声は、見えない誰かの隣に座れる〉。一年生の壮馬が書いた一文だ。
「番組の言葉だから、三人のものだと思った」
「採用された瞬間、一人の実績になるんだな」
瑞葉がフェーダーを下げた。
「ここ、録れてる」
「切って」と奏。
「会社なら切る。でも最後の番組だから残す」
沈黙まで波形になっていく。
収録の終わり、三人は決まり文句を言うことになった。奏は途中で声を詰まらせ、壮馬は言わず、瑞葉だけが最後まで読んだ。
「声は、見えない誰かの隣に座れる」
赤いランプが消える。
奏は東京行きの資料を持ち、壮馬は講師用のテキストを抱え、瑞葉は地方局へ送る機材一覧を印刷した。三脚の椅子のうち、マイクのない一脚だけが最初から少し後ろに置かれていた。
誰の席だったのか決めないまま、三人はスタジオの鍵を返した。