支配人室の家族写真
ホテルで開かれたPTA親睦会で、蘇芳ヶ丘美紀乃は最上階を指した。
「主人がここの総支配人だから、今日は特別料金なの。皆さん、私のおかげで入れたのよ」
槙野原結帆が、夫は同じホテルグループで働いていると言うと、美紀乃は納得したように笑った。
「厨房か清掃? 大切な仕事よ。でも支配人とは会う機会もないでしょう」
結帆は「たまに会議で」とだけ答えた。
乾杯前、美紀乃の夫・高砂谷雅人が会場へ入った。制服の胸には〈料飲部長〉とある。美紀乃は慌てて胸元を手で隠した。
「今日は支配人代理なのよね?」
雅人が答える前に、ホテルグループの役員たちが一斉に立ち上がった。
結帆の夫・槙野原尚生が入場したからだ。
「槙野原社長、本日の家族交流会へようこそ」
尚生は国内外六十ホテルを運営する親会社の代表取締役だった。結帆は社長夫人として特別室を使わず、一般の保護者と同じ会費を払って参加していた。
美紀乃の顔が白くなる。
「雅人、あなた総支配人じゃなかったの?」
「料飲部長だと何度も言った。支配人候補の研修を受けているだけだ」
親睦会の会場費も、美紀乃が値引きしたものではなかった。尚生の会社が、学校の食育活動へ寄付する一環で全保護者分を負担していた。
さらに美紀乃は、ホテルのロゴを使った〈支配人夫人推薦〉カードを配り、知人へ無料宿泊を約束していた。雅人はカードを見て青ざめ、総務担当へ回収を頼んだ。
「会社の信用を、家庭の見栄に使わないでくれ」
美紀乃は結帆へ笑いかける。
「社長夫人なら、ホテルを自由に使えるのよね。今度、スイートを――」
結帆は会場の家族写真を見た。
「夫の会社でも、客室はお客様のものです」
尚生は、若手スタッフが提案した従業員家族向け宿泊制度を発表した。役職にかかわらず同じ条件で利用できる制度だった。
会場入口の案内板から〈総支配人夫人主催〉という美紀乃の手書き札が外され、正式な主催者名〈ホテル・学校共同企画〉へ替わる。
雅人が親会社社長へ頭を下げた瞬間、最上階から全員を見下ろしていた美紀乃だけが、夫の名札を正面から読めなくなった。