改札を通らない記念券
新駅開業の記念乗車券を求め、鉄輪谷澪加は始発前から並んでいた。
発売直前、鞍馬崎誠也が列の脇から現れ、手製の“優先整理票”を五十枚配り始めた。
「昨日、駅員にもらった。これを持ってる人が先」
票には鉄道会社のロゴと番号が印刷されていたが、紙質が違う。澪加は駅員へ見せた。
誠也は笑った。
「印刷ロットの差だろ。素人が騒ぐな」
駅長が確認すると、公式整理票はアプリ内のQRだけで、紙は一枚も発行していなかった。誠也の仲間は偽票を使って先頭へ入り、限定券を買い占める予定だった。駅前では観光客へ紙票を一枚二千円で売った者もおり、購入者は『鉄道会社発行』と説明された領収書まで持っていた。
「記念券なんて金券じゃない。紙を作ったくらいで犯罪扱いするな」
誠也はなおも改札へ進んだ。
今回の記念券には、転売対策として購入者名と電子署名が紐づき、初回乗車時に本人確認を済ませて初めて有効になる仕組みがあった。未認証券は記念台紙としてもシリアルが登録されず、公式品と認められない。駅員が発券端末へ本人情報を入力しなければ、印刷そのものが始まらない仕様だった。
誠也はすでに百枚分を高値で予約販売していた。出品画像には、偽のシリアル番号と“駅公認代理店”の表記まである。
鉄道会社の法務担当が、ロゴの無断使用、偽造整理票、虚偽表示を記録した。通販サイトは即時にページを閉じ、売上金の支払いを保留。警察官は偽票を回収し、印刷元を尋ねた。
誠也は列へ戻ろうとしたが、駅構内への立入を拒否された。
駅長は正規QRを一人ずつ読み込み、記念券を渡していく。澪加の券には、購入者名と開業日がその場で刻印された。
開業一番列車がホームへ入り、澪加の券が青い音で改札を通る。
同じ時刻、誠也の出品画面に並んだ百の偽シリアルは〈登録なし〉と表示された。列を飛ばすために作った券が一枚も改札を通らないと確定した瞬間、正しく待った人々だけが新しい駅の最初の乗客になった。