既読がつくまで三秒
「迎えは、家族に頼んでください」
退院説明で看護師にそう言われ、如月美羽は「分かりました」と答えた。日帰り手術とはいえ麻酔を使うため、一人で帰れない。
両親は遠方、姉は出張中。頼める相手として真っ先に浮かんだのは百瀬柊真だったが、彼とは友達の境界を越えないようにしていた。三年前、柊真が「家族みたいで気楽だ」と笑った言葉を、美羽は今も捨てられない。病気の夜に粥を運んでくれても、誕生日を零時に祝ってくれても、すべては家族同然だからだと思えば、期待せずに済んだ。
美羽は姉へ相談するつもりで送った。
《迎え、柊真に頼みたい》
《家族みたいって言われたのに、こういうときだけ期待するのはずるいかな》
《本当は家族じゃなくて、隣にいてほしい人なんだけど》
宛先は姉ではなく柊真だった。
既読がつくまで三秒。返信は来ない。
手術当日、美羽は一人で受付を済ませた。誰にも頼めないなら延期しようと思っていたところへ、柊真が現れた。会社を休み、首から下げた面会証の続柄欄に《友人》と書いてある。
「読んだなら、断ってくれてよかったのに」
「断る理由がない」
手術は無事に終わった。夕方、まだ足元の頼りない美羽へ、柊真は手を差し出す。病院の出口まで支えるためだと思い、美羽は握った。
タクシーへ乗っても、家の前へ着いても、彼は離さない。玄関で靴を脱がせ、薬の時間を冷蔵庫へ貼ったあと、柊真は面会証を外し、《友人》の文字を二本線で消した。空欄へ何を書くのかと美羽が見ていると、柊真はペンを渡した。
美羽は迷った末、《美羽が隣にいてほしい人》と書く。
柊真は笑い、スマホに翌週の予定を入れた。術後診察の付き添い、そのあと昼食。さらに次の週にも、何の用事もない散歩。
「家族に頼めって言われたの」
「家族じゃないから、頼まれなくても来た」
初めて名前で呼ばれ、美羽はつないだ手へ力を込める。
既読がつくまで三秒だった。
けれど三年間止まっていた二人の呼び名は、その三秒からようやく動き始めた。