書庫の埃は嘘をつかない

銀鱗ギルドの書庫には、誰も読まない討伐記録が積まれていた。

記録官セティは、破れた紙をつなぎ、帰還者の言い間違いまで書き留めた。前線へ出ないため、貢献度は二%。筆頭魔術師ネルカは、埃だらけの机を通るたび袖で口元を覆った。

「昔の失敗談より、新しい魔法の方が役に立つ」

書庫を宴会室へ改装する案が通り、セティは退職を命じられた。彼女は反論せず、最後まで分類札を結び直した。

その晩、ギルド本部の床を黒い獣が突き破った。甲羅に魔法を吸う紋があり、放たれた炎も雷も消える。ネルカはさらに強い術を重ねたが、獣は膨らみ、柱を折った。

逃げる人々の中で、セティだけが書庫へ向かった。棚が倒れ、紙が舞う。彼女は床を這って古い報告書を探し、余白に残された震えた文字を読んだ。

――音を食う。静けさの中では眠る。

セティは鐘を止めさせ、詠唱を禁じ、泣く子へ自分の外套を噛ませた。ギルドから音が消える。黒い獣は耳を動かし、やがて体を丸めた。

彼女は討伐を命じなかった。眠った獣の下へ封印布を滑らせ、地下へ戻した。

ネルカは煤だらけの顔で、古い報告書を奪うように見た。

「偶然見つけただけだ。書庫を残す理由にはならない」

セティは散った紙を拾わず、退職箱を抱えた。

「知識を使う人がいないなら、紙だけ残しても意味はありません」

そのとき記録核が起動し、彼女の分類札を読み込んだ。過去の討伐で採用された弱点、回避された罠、似た魔物の照合。英雄たちが自分のひらめきだと思っていた答えの出所が、書庫の余白から次々に現れる。

騒ぎを聞いた古参の冒険者たちが、倉から古い装備を持ち出した。盾の裏、鞘の内側、薬箱の蓋に、セティの分類札と同じ記号が残っている。かつて命を救った助言を、彼らは自分の勘だと思い込んでいた。

セティは書庫を元へ戻すだけでは足りないと言った。失敗報告を恥として隠す者には、戦術会議の席を与えない。

「勝利だけ集めた書庫は、次の敗北を育てます」

ネルカが口を開いたが、閲覧扉は彼の前で閉じた。

《戦術知識・真正査定》

旧評価 二% → 真値 九十四%

総合貢献順位 首位:セティ

役職更新 記録官 → 戦術院首席

筆頭魔術師ネルカ → 資料閲覧許可停止