最後の一マス
体験版の提出前夜、案内役の少女が出口の前で立ち止まった。
「こちらです」と言うのに、一歩も動かない。プレイヤーは彼女についていけず、最初の十分で進行不能になる。
レベルデザイナーの七五三掛征士へ来た依頼は、出口まで歩かせることだった。少女の移動にはナビメッシュという、歩ける床の地図を使う。確認すると、出口の手前だけ一マス分が途切れていた。
「床を塗り足せば直ります」
新人が編集画面で穴を埋める。少女は出口へ歩いた。しかし征士は、そのまま体験版を最初からやり直した。今度は少女より先に出口へ走り、扉の脇に立った。
少女はプレイヤーを避けようとして壁へ寄り、壁際の飾り棚にめり込んだ。当たり判定を小さくすれば通れるが、戦闘中に敵の攻撃まで抜けやすくなる。
締切担当は「プレイヤーを出口前へ入れなくすれば」と柵を置いた。征士は首を振った。案内される前に出口を調べる人ほど、見えない柵にぶつかる。チュートリアルで最初に教えるのが「好きに探索できる」ことなのに、その約束を破る。
彼は少女の目的地を扉そのものから、扉の少し手前にある足跡へ変えた。そして少女が着くまで、プレイヤーではなく出口側を優先して避けるよう導線を一本だけ引く。プレイヤーが先回りしても、少女は自然に横へ並び、扉を開けた。
さらに征士は、少女を押し続け、話しかけ、途中でメニューを開いた。どの行動でも一マスの穴へ戻らないことを確かめた。
午前四時、案内役は十回続けて出口へ着いた。新人が「最初の穴だけ直せば十分だと思いました」と言う。
「穴は原因だった。でも、穴を埋めた後に人が増える」
征士は修正箇所の画像を残した。体験版では一人でも、製品版では仲間が三人ついてくる予定だった。
提出データが作られ始める。廊下の向こうで別の班が呼んだ。
「征士さん、製品版だと仲間の犬だけ扉を通れません!」
画面の少女は、出口の先から手を振っていた。征士は最後の一マスを閉じ、次の扉を開いた。