最終列車の常連

「また終電ですね」

鷹取弥子と葉室慎一は、毎週木曜のホームでそう挨拶した。

弥子は夜間講座の帰り、慎一はレストランの閉店作業の帰り。職業も年齢も知らないころから、同じ車両の同じ扉に並んだ。電車が遅れれば天気の話をし、座れれば一駅分だけ本の話をする。互いの名字は定期券を落としたときに知った。

二年たっても、二人は《終電の人》だった。

弥子が資格試験に合格し、講座を修了した木曜。もう来週から、この時間の電車には乗らない。伝えると、慎一は「おめでとうございます」と笑った。それだけで、終電の人らしく別れられると思った。

列車到着まで六分。弥子はいつもの位置に立ち、慎一は一歩隣にいる。

「今まで、ありがとうございました」

「こちらこそ」

「次に会っても、気づかないかもしれませんね」

「昼の顔、知らないですから」

冗談が思ったより寂しく響いた。

慎一は鞄から小さな紙袋を出した。中には彼の店の焼き菓子と、日曜のランチ予約票。二名分で、予約名は《慎一・弥子》と書かれている。

「昼の顔を、確認しませんか」

弥子は予約票を胸に抱えたまま、スマホを差し出した。二人は初めて連絡先を交換し、表示名から名字を消す。

終電が到着する。いつもなら別々の扉から乗るのに、慎一は弥子の手を取って同じ扉へ進んだ。車内の空いた席でも、手はつながったままだった。

「来週は、ここにいません」

「分かっています。日曜の十二時に、別の場所で待ちます」

弥子は彼の肩へ少しだけ近づく。

車内で二人は、これまで聞かなかった休日の過ごし方や好きな朝食を話した。終電の数分では足りなかったことが、次々に見つかる。弥子が日曜の店までの経路を共有すると、慎一は集合時刻を三十分早め、《昼の散歩も》と付け加えた。

知らない昼を一緒に増やせることが、弥子には何よりうれしかった。

「また終電ですね」

繰り返しを確かめる言葉はその夜、終電でしか会えない二人から、終電がなくても会う二人への最後の挨拶になった。