最終集荷の青い封筒

十八時五十分。榎本貴澄は中央郵便局の窓口で、青い封筒を束ねた箱を抱えていた。札幌の日向原茅乃から届いた三年分、百四十六通。最終集荷は十九時だった。

二人の職場は私物の携帯を持ち込めず、平日は声を聞けない。だから週に一度、手紙を書いた。茅乃はいつも青い封筒を使い、季節の切手を選んだ。最初の雪の日には、封の内側へ小さな雪の結晶を描いた。貴澄はそれを破らないよう、全部ペーパーナイフで開けた。そのナイフも茅乃から届いたもので、柄には二人の街の直線距離が数字で刻まれている。便箋の余白には、食べたものや眠った時間のような、電話なら言わずに終わる生活ばかりが並んだ。

最後の一通には、こうあった。

〈もう手紙はやめよう。返事も要りません〉

理由は書かれていない。貴澄は電話をかけたが、番号は使われていなかった。遠距離の終わりが、色とりどりの切手と一緒に並んでいるのが耐えられず、全部返すことにした。

「中身は書類ですか」

「手紙です」

「同じ差出人へ?」

「もう差出人じゃないです」

自嘲すると、窓口係が宛先を見て首を傾げた。

「こちら、転居届が出ています。転送はされますが、到着が遅れるかもしれません」

「構いません」

貴澄は伝票へ署名した。

十八時五十七分、背後から名前を呼ばれた。振り向くと、茅乃が息を切らしている。手には青い封筒ではなく、賃貸契約書と新しい社員証。

「間に合った」

「何が」

「転勤。今日からこっち。住所が決まるまで手紙を止めたかった」

茅乃は、投函前に撮っていた便箋の写真を見せた。最後の一文の前には続きがあり、実物では二枚目の便箋が封筒の内側へ糊で貼りついていた。

〈次からは同じ家で話せるから〉

貴澄は箱へ手を伸ばした。しかし係員は「もう集荷袋に入れました」と申し訳なさそうに言う。奥で台車が動き、百四十六通が再び札幌へ向かう。

「返したかったの?」

茅乃の目が箱の消えた扉を見る。

「違う」と言うには、三年分の封筒が重すぎた。

十九時。集荷車が発車した。茅乃は契約書を鞄へしまい、「新しい住所は送らない」と静かに言った。

貴澄は追わず、手元に一通だけ残していた最初の青い封筒を、局内の郵便ポストへ落とした。