朝六時半の珈琲

午前六時三十二分、元裁判官の白妙院玄が書斎で倒れた。机上には全自動機が淹れたばかりの珈琲があり、口元には苦い泡が残っていた。死因は飲み物に混じった毒物。機械の予約時刻は六時半だった。屋敷の録画には、無人の書斎で機械が起動し、玄が一人でカップを取る姿まで残っていた。

疑われたのは秘書の木賊葉子、孫の早乙女景、家政婦の日下部茉奈。三人は六時十五分発の朝日観覧船に乗り、出航から帰港まで船内映像に映っていた。屋敷までは港から車で二十分。珈琲が抽出された六時半に、誰も書斎へ近づけない。

玄は前夜、木賊の経費流用を調べ、早乙女への遺贈を取り消し、日下部には長年の雇用を終えると伝えていた。三人とも夜まで屋敷にいた。朝の珈琲を毎日六時半に飲む習慣も、全員が知っている。

機械から得られた手掛かりは三つだけだった。第一に、毒は大きな給水タンクから検出されず、抽出前に温める四十ミリリットルの小槽だけに残っていた。第二に、予約時刻は前夜九時十二分、遠隔操作ではなく本体の操作盤から変更されていた。第三に、玄関のカード記録では早乙女が八時五十分、日下部が九時に退出し、九時十二分に屋敷内へ残っていたのは木賊だけだった。

木賊は「機械には触っていない。朝はいつも六時に自動で動く」と答えた。だがその晩だけ六時半に変更され、三人が船上で見られる時刻と一致している。小槽へ入れた毒は、次の一杯だけに流れ込む。

「六時半に毒を入れた者はいません」私は機械の履歴を示した。「木賊さんは前夜九時十二分、小槽へ毒を置き、本体で予約を六時半へ変えた。朝になれば機械が一杯目へだけ毒を流し、あなたはその時刻、船上で大勢に見られる。給水タンクが無傷なのは一杯だけを狙ったからです。操作時刻に屋敷へいたのはあなた一人。全員の朝のアリバイは成立しますが、殺人の操作は前夜すでに終わっていました。あなたが船へ乗った時、犯行は機械の中で朝を待つだけだったのです」