机の裏の次回予告
新しい席の机の裏に、鉛筆でこう書かれていた。
『次の席でも話せ』
誰が誰に向けた言葉か分からない。消し跡の上に残った、急いだ字だった。
席替えで僕は窓際の最後列、親友は廊下側の最前列になった。中学からずっと同じクラスで、休み時間も帰り道も一緒だったのに、最近は話すことが減っていた。
理由は進路だ。
僕は地元の学校を選び、親友は県外へ出る。まだ一年以上あるのに、先に離れ始めたほうが楽だと、どちらも無意識に思っていたのかもしれない。
新しい席からは、親友の後頭部しか見えなかった。授業中に振り返ることもない。昼休み、僕は窓際で別の友達と弁当を食べ、親友は前の席で参考書を開いた。
机の裏の言葉だけが、毎日膝に触れた。
『次の席でも話せ』
命令口調が腹立たしい。前の持ち主が書いたのなら、本人に言えばいい。そんなことを考えながら、僕は何度も指で文字をなぞった。
一週間後、親友が消しゴムを借りに来た。
教室の端から端まで歩いてきて、無言で手を出した。
「前の人に借りれば」
「お前のがよく消える」
「同じメーカーだろ」
「角が残ってる」
くだらない会話だった。でも、それだけで少し楽になった。
消しゴムを返すとき、親友が机の裏をのぞいた。
「まだ残ってる」
「知ってるの?」
親友は去年、この机を使っていたという。あの文字を書いたのも親友だった。
「誰に?」
「お前に」
去年の席替えで僕らが離れたとき、親友は直接言えず、僕が次にその机を使う可能性などないのに書いたらしい。
「一年遅れで届いた」
「遅すぎ」
「でも届いた」
放課後、僕は文字の下に一行足した。
『次の町でも話せ』
親友はその横に、『了解』と書いた。
卒業までに机は何人もの手に渡る。先生に見つかれば消されるだろう。それでも、その日だけは残した。
次の席替えで僕らは斜め前後になった。休み時間、わざわざ席を立つほどでもない距離だった。
話すことは増えた。進路のことも、離れたあとのことも話した。
机の裏の次回予告は、未来を決める言葉ではなかった。ただ、次の場面へ進むための一行だった。