植木鉢の底石
梶谷至恩は、扶美が老人ホームへ入る前に、庭のレモンを鉢へ移すことになった。
扶美は血のつながらない隣人だ。至恩の父が失踪し、母が夜勤へ出ていた小学生のころ、夕飯と宿題を見てくれた。母が亡くなったあとも「隣だから」と世話を焼いた。至恩は大学進学で町を出て、就職してからは盆にも戻らなかった。
庭のレモンは、扶美と至恩が十五年前に植えたものだ。地植えのままでは家の売却後に切られる。
「根、もっと残せ」と扶美が杖で土を指す。
「鉢に入らない」
「若いのに諦めが早い」
「八十の人に言われたくない」
二人で根の周りを掘った。扶美は土の中から出た古いビー玉を拾った。至恩が幼いころ埋めた宝物だった。彼は覚えていなかったが、扶美は水道で洗い、黙って至恩の上着のポケットへ入れた。土は固く、スコップが石へ当たる。至恩が力を入れすぎて枝を一本折ると、扶美は舌打ちした。
「そんなに大事なら、施設へ持っていけよ」
「部屋に土は入れられない」
「じゃあ俺に押しつけるのか」
「嫌なら置いていきな」
言い方が昔と同じだった。至恩が学校へ行きたくないと泣いた朝も、扶美は「嫌なら休め。ただし朝飯は食べろ」と言った。選ばせるふりをして、食べる場所だけは残した。
根を麻布で包み、底石を敷いた大鉢へ入れる。二人で持ち上げると、扶美の腕が震えた。至恩はほとんど一人で重さを受けたが、手を放せとは言わなかった。
鉢は至恩の車の後ろに載せた。重みで車体が少し沈み、扶美は後輪を見て「急発進するな」と言った。昔、自転車を初めて押してくれたときと同じ口調だった。
「水、週二回。冬は控える」
「ホームから電話してくる気か」
「枯らしたらする」
家の鍵を不動産屋へ渡す日、扶美は縁側から庭を眺めた。レモンを抜いた穴だけが黒い。
至恩は折れた枝を捨てず、濡れた新聞紙で包んだ。挿し木にできるかもしれない。
「施設の窓辺、鉢一つくらい置ける?」
「小さいのなら」
「根が出たら持っていく」
扶美は頷き、杖を玄関へ向けた。
至恩は車のナビに自宅ではなく、扶美の新しい住所を登録した。名称欄には何も書かず、〈帰宅地〉の星印だけを付けた。