橋の上の配達完了
午前一時三分、逆瀬川司の配送端末に、自分の番号から電話がかかってきた。
『橋に乗るな。荷台が燃える』
目の前は湾岸大橋。端末には〈配達完了まで四分〉。時間内に港の倉庫へ着けば、父から継いだ運送会社は大口契約を更新できる。遅れれば違約金で倒産する。
司が急ブレーキを踏むと、後続車が荷台へ突っ込み、白い炎が橋を包んだ。次の瞬間、また料金所の手前。端末が同じ声で鳴る。
今度の条件は、荷物を燃やさずに四分を越えること。〈配達完了〉は、もう成功ではなかった。
一般道へ下りると、ナビが遠隔更新され、遮断された工業道路へ誘導された。段差で箱が崩れ、発火した。
荷台を開けた回で、伝票には「試作用蓄電池」とあるが、箱の温度は五十度を越えている。一本だけ黒いケーブルが配送端末へ伸びていた。
『橋に乗るな。荷台が燃える』
未来の司の声は、息を切らしていた。
会社の配車AIは、温度異常を知りながら最短経路を固定している。契約先は不良電池を港で海上処分するつもりだ。橋の上で燃えれば運転手の過失にできる。父が残した契約書にも、「内容物への異議を申し立てない」と印があった。社員十二人は更新祝いの酒を事務所で冷やしている。父は生前、「荷物を疑えば運送屋は終わりだ」と言ったが、その言葉が今は口止めの文句にしか聞こえなかった。
司は港へも会社へも向かわなかった。河川敷の消防訓練場へ車を入れ、散水塔の真下で停める。端末が違約警告を連打した。
「配送を中止する」
〈会社資産を保全してください〉
「会社を保全しない」
司は荷台ごと泡消火槽へ沈め、温度記録と契約書を報道各社へ送った。更新期限が切れた瞬間、銀行から融資停止の通知が届く。父の会社も、社員寮も、司の自宅も担保だった。
一時七分。時間は戻らない。
自分の番号から最後の電話が来た。
『配達は?』
司は水の中で白く煙る荷台を見た。
「未完了だ。それでいい」
通話が切れた。配送端末の緑色の〈完了〉ボタンを、司はドライバーで抉り取った。朝になれば会社はなくなる。それでも橋の上には、何も燃えていなかった。