橋脚三番の傷
市の新しい河川橋は、記録的な豪雨にも耐えた。翌朝の新聞には「兵頭玄成部長の先見性」と大きく載った。兵頭は記事を昇進資料に添え、周平には取材を受けるなと命じた。次の大型工事も、その肩書で取りに行くつもりだった。
三雲周平は記事を折り畳み、橋脚三番の点検記録へ挟んだ。増水時の渦が一点へ集中することを見抜き、基礎形状を変えたのは周平だった。兵頭は工費が上がると反対し、採用後に自分の提案へ書き換えた。
次期工区の選定会議で、兵頭は豪雨映像を背景に語った。
「私は最悪を想定して設計します」
発注者である市の技監、菱沼冬馬が質問した。
「橋脚三番だけ、表面に斜めの傷があります。危険ですか」
兵頭は資料をめくった。
「施工時の軽微な傷でしょう。安全性に問題はありません」
菱沼の表情が消えた。
「施工傷なら、なぜ豪雨の翌朝に現れたのです」
周平は発言を求めた。傷は塗膜に仕込んだ簡易流速計で、水流が設定値を超えると斜線が浮かぶ。橋自体の損傷ではない。三番だけが反応したため、上流の護岸に新しい洗掘がある可能性が高いと説明した。
菱沼はすぐ現場映像を切り替えた。周平の推測どおり、上流護岸の一部が空洞化していた。早期補修を始めたため、次の雨には間に合う。
兵頭が机を叩いた。
「そうした仕掛けも、組織として私が承認したからこそです」
「承認印はありません」
菱沼は言った。
「あなたが却下した稟議書と、三雲さんが無償で試験を続けた記録ならあります」
市長が入札結果の封筒を開いた。次期工区は現契約の三倍規模だった。
「本市は三雲さんを主任技術者として評価しました。彼が指揮しない場合、御社の技術提案は失格とします」
会社社長は兵頭の胸から現場統括章を外し、周平へ渡した。
「次期工区は三雲に任せる。兵頭君は過去案件の承認経緯を監査室で説明してくれ」
周平が統括章を留めると、菱沼は落札通知書を差し出した。橋脚三番に浮かんだ傷は橋を守り、兵頭が塗り重ねた功績だけを剥がしていた。