欠席者を消した夜

榎並斉人は、母校の記念映像を作るため、解体前の教室を撮影していた。二十七歳。三年三組の黒板だけ、清掃した翌朝にも《本日の欠席者》が書き直されるという。

卒業生の匿名掲示板に、十五年前の投稿が残っていた。

《誰もいない教室の黒板に、自分の名が欠席者として書かれていても、消してはいけない》

その学校では昔、山仕事へ出た子どもの名を欠席欄に残し、帰る席を守った。死亡が確認されても、家族が認めるまでは黒板から消さなかったと町史にある。

斉人が夕方に教室へ入ると、黒板には《榎並斉人》とだけ書かれていた。彼はこの学校を九年前に卒業している。映像へ不自然な文字を残したくなく、濡れ雑巾で一度だけ名前を消した。

黒板消しの粉受けから、乾いた土が落ちた。机の数が一つ足りなくなり、廊下に置いていた斉人の鞄が教室の最後列へ移っている。カメラの録画を見ると、斉人が黒板を消している間、制服姿の少年が彼の机を担いで廊下へ運び出していた。

撮影スタッフへ共有したデータには、教室の後方から出席を取る映像が追加されていた。教師が二十八人の名を呼ぶ間、斉人のカメラは廊下に置かれた一つの机を映し続ける。机の中には現在の社員証、家の鍵、スマートフォンの予備SIMが順に入れられ、黒板の端へ《欠席者の持ち物》と書かれた。映像の作成日時は、斉人が卒業した翌日だった。

斉人は鞄だけ持って帰った。翌日、映像データから彼の姿がすべて消え、音声には「今日も欠席です」と教師の声が入っていた。

会社の座席表でも、斉人の席は《長期欠席者用》という灰色の区画へ移されていた。誰かがそこへ物を置くたび、校内用のチャイムが鳴った。

昼休み、子どものいない斉人のスマートフォンへ、学校連絡アプリから通知が来た。

《榎並斉人さんの欠席日数:4383日》

《保護者の方は理由を入力してください》

削除しようとしたところ、母から電話が入った。

「斉人、担任の先生からまた連絡よ。これ以上休むなら、机を片づけるって。あなた、いつになったら学校へ戻るの?」

通話の向こうで、黒板へチョークを走らせる音がした。