死者が呼ぶ本名
巡谷ソフィのHPがゼロになり、世界が白く凍った。
《死亡告発》
死亡後十秒以内に、殺害者の登録名を正確に発声してください。
一致した場合、殺害者を拘束し被害者を一度だけ蘇生します。
PK《無音》が耳元で囁く。
「俺の名を知る者はいない」
名前表示は偽装済み。声も変えている。ソフィの残り時間は九秒。
彼女は倒れる直前、無音の剣の鍔を見た。子供が描いたような文字で《パパ・レグル》と刻まれていた。
「レグル」
不一致。
無音が笑う。
「愛称だ」
残り五秒。
ソフィは考える。登録名はアバター名とは限らない。ゲーム世界へ転移した者は、初回登録時に現実名を一度だけ入力した。
鍔の裏には製作者欄。
《贈り主:ニア・フェルゼン》
《受取人:父》
娘の姓。
「レグル・フェルゼン」
空気が震える。
無音の笑いが消えた。
《一致率:94%》
残り二秒。足りない。ミドルネームがある。
彼の外套に縫われた祈祷文の頭文字が、R・A・Fと並んでいた。
「レグル・アイン・フェルゼン」
ゼロ。
無音の身体へ鎖が巻きつき、ソフィのHPが一で戻る。
「娘の名を使うな!」
「隠してたのはあなた。残してたのもあなた」
無音は何十人もの死者へ偽名を聞かせ、告発を失敗させてきた。だが自分の武器だけは、娘から贈られたまま捨てられなかった。
《死亡告発:登録名と完全一致》
《殺害者レグル・アイン・フェルゼンを拘束》
蘇生したソフィは立ち上がれず、その場へ座り込んだ。死亡告発は成功しても、胸を貫かれた恐怖までは消えない。
レグルは鎖の中で、娘の名を呼ぶ。今度はシステム効果のためではなく、ただ謝るように。
彼が偽名を使い続けた理由は、被害者から逃れるためだけではなかった。娘が現実で自分を検索し、PK履歴を知ることを恐れていたのだ。
ソフィは認識票を警備へ渡す。
「この名前を晒して終わりじゃない。娘へは、本人から話させて」
匿名を剥がすことと、誰かの家族まで処刑することは違う。告発が取り戻したのはソフィの命だけでなく、レグルが自分の名で罪を説明する責任だった。
《匿名PK“無音”を削除――最後に彼を倒したのは刃ではなく、本人が捨てられなかった本名です》