水神のコインランドリー事件
雨の夜、コインランドリー「白泡」に事件が起きた。
靴下が、片方だけ消えた。
店番をしている水神クナトは、洗濯機の丸窓をにらんだ。都市の川を管理していたころは、洪水も渇水も見てきた。だが人間は、川が一本消えるより靴下が一枚消えるほうを執念深く訴える。
「確かに二枚入れたんです」
客は裸足の右足を見せた。左には青い靴下。
「機械が食べたに違いない」
「機械に繊維を消化する器官はない」
「じゃあ神様が探してください」
「なぜ正体を」
「洗剤を入れすぎたとき、泡に向かって『鎮まれ』って言ってましたよね」
クナトは捜査を始めた。
排水口、異常なし。ドラムの隙間、異常なし。乾燥機の奥から出てきたのは、百円玉二枚、髪留め、玩具の車輪、そして誰のものでもない赤い靴下だった。
「匂うな」
「乾燥機ですからね」
「そういう意味ではない」
午前零時、店を閉め、照明を落とす。クナトは洗濯機へ薄く水を張り、水面を鏡にして店内を映した。
やがて壁際の洗濯かごが動いた。小さな影が這い出し、忘れ物棚から靴下を一枚くわえる。
「そこまでだ」
捕まえたのは、掌ほどの妖魔だった。耳が二つ、腕も二本なのに、足だけ一本しかない。
「片方喰いか」
「一足そろってると、まぶしくて眠れないんだ」
「なぜ片方だけ盗む」
「世界は完全すぎると息苦しい」
妙に哲学的だった。
クナトは没収した靴下を数えた。三十七枚。どれも片方だけだ。
「返せ」
「組み合わせが分からない」
「色と柄で分けろ」
「人間の黒い靴下、全部同じに見える」
翌朝、店内に掲示が出た。
『片方だけ失くした方へ。保管箱から似たものを一枚お選びください。厳密な一致は保証しません』
客たちは最初こそ怒ったが、やがて「左右が違うのも悪くない」と好きな柄を選び始めた。片方喰いは、靴下ではなく乾燥機の綿ぼこりを食べる店員として雇われた。
一週間後、最初の客が戻ってきた。
「神様、見つかった靴下、左右とも左用なんですが」
「靴下に左右はない」
「親指が分かれてるんです」
「……難事件だな」
クナトは再び丸窓をにらんだ。奥で片方喰いが、何も知らない顔をして綿ぼこりを噛んでいた。
水神は思った。川の流れは読めても、洗濯物の行方だけは読めない。