氷門を開けた敵将
捕虜となった北国騎士ヘルガーの肩には、王冠型の呪印が凍りついていた。
祖国の王が刻んだ「敗北を許さぬ印」。敵前で剣を置けば心臓を凍らせ、捕らわれれば最後の一人まで暴れさせる。
辺境伯イリヤの兵が三十人がかりで鎖につないでも、ヘルガーは立ち上がろうとした。
その目だけが「殺せ」と訴えている。
副官は新しい焼き鏝を持ってきた。
「閣下の紋で上書きすれば止まります。敵の将を従える好機です」
「私の命令で呼吸させるの?」
「生かすためです」
イリヤは焼き鏝を雪へ投げた。
代わりに、捕虜から没収した青銅の命令板を持ってこさせる。王冠の呪印は、その板の完全な写しだった。
火で溶かせば、熱がヘルガーの心臓にも届く。
槌で割れば、衝撃が骨を砕く。
だが北国の魔術は、凍結と解凍の差に弱い。
イリヤは命令板を炉で真っ赤に焼き、城壁の外へ運ばせた。
そしてヘルガー本人の前で、雪解け水の桶へ沈める。
蒸気が爆ぜる。
青銅に細い亀裂が走った。
同時にヘルガーが絶叫し、肩の王冠が皮膚から浮く。
イリヤは素手でそれをつかみ、引き剥がした。掌が焼けても離さない。最後の一片を雪上へ叩きつけると、王冠は氷のように砕けた。
騎士の鎖が緩む。
「北門を開けろ」
兵たちが驚く中、イリヤは命じた。
「彼を祖国へ帰す」
「また敵になります!」
「それも彼が選ぶことよ」
ヘルガーは門外へ出た。
白い平原の先には祖国、南には中立の村、背後には敵城。三つの道があった。
彼は北へ十歩進んだ。足跡の一つ一つが、もう呪印ではなく彼自身の重さで雪に沈む。
やがて遠くの祖国側の砦から、一本の矢が飛んできた。敗北者を迎えぬ王の矢だった。
ヘルガーは矢を盾で弾いた。
北を見つめ、次に南を見る。
どちらへも行ける。
それでも彼は踵を返し、イリヤの城門まで歩いて戻った。
「捕虜としてではない」
彼は自分の剣を鞘ごと差し出す。
「冬の終わりまで、傭兵として雇え。給金と、命令を拒む権利を要求する」
イリヤが焼けた手で握手すると、ヘルガーは自分の意思で氷門の内側へ入った。