油の流れた階

一階の排水口から、揚げ油の匂いが上がるようになった。

やがて台所の水が逆流し、二〇一号室の床まで溢れた。配管業者が詰まりを疑うと、四〇五号室の須弥山原鷹士が廊下で言った。

「古い建物なんだから大家の責任だろ。俺に聞くな」

鷹士は自宅で揚げ物の宅配販売をしていた。だが保健所の営業許可はなく、使用済み油をどう処理しているか尋ねると、「企業秘密」と笑った。

被害を受けた二〇一号室の檜垣森朋香は、床材も家電も失った。鷹士は見舞いどころか、清掃作業の音がうるさいと苦情を入れた。

大家立会いで配管調査が行われた。

管内カメラは、四〇五号室の枝管から本管へ、白く固まった油脂が層になって流れ込む様子を映した。ほかの部屋の枝管はきれいだった。

鷹士は、誰の油か分からないと主張した。

業者は固形物から見つかった包装フィルムを示した。鷹士が宅配で使う冷凍食材のロット番号が印刷されている。さらに共用廊下のカメラには、深夜、鷹士が大鍋を台所へ運び、翌朝空の一斗缶を資源ごみへ出す姿が繰り返し映っていた。

「料理しただけで犯罪者扱いか」

鷹士が怒鳴ると、保健所職員が営業許可の提示を求めた。

宅配サイトには〈認可済みセントラルキッチン〉と書かれていたが、所在地は賃貸住宅の一室。排気設備も防火設備もなく、売上は月百万円を超えていた。

大家は契約書を開いた。住居の無断営業利用、排水設備の故意または重大な過失による損傷、改善命令違反。修繕費は八百万円、下階の損害は保険会社から鷹士へ求償される可能性がある。

鷹士は朋香へ言った。

「保険で新品になるんだから得しただろ。大ごとにするな」

朋香は濡れて壊れた祖母の写真を一枚、机へ置いた。

「新品に戻らないものもあります」

保健所が宅配ページの営業停止を指示し、大家が契約解除通知へ署名した。

管内カメラの映像に四〇五号室の枝管番号が焼き付けられた瞬間、油を水へ流して消したつもりだった鷹士には、八百万円の請求と退去先のない店だけが残った。