油は油で落とす
黒曜劇団の怪物役は、終演後が地獄だった。
獣脂と煤で作った黒化粧は水でも石鹸でも落ちない。役者は硬い布で一刻も顔を擦り、翌朝には頬が赤く腫れる。主演俳優がついに降板を申し出たため、劇団主は「一番強い洗浄粉」を作れと命じた。
雑用係のティセは、前世で化学を学んでいた。彼女が鍋へ入れたのは研磨砂でも灰汁でもない。匂いの少ない種油だった。
「汚れに油を足す馬鹿がいるか」
古参の化粧師は笑い、役者の片頬へ灰汁粉を擦り込んだ。ティセは反対の頬へ種油を薄く広げ、指で円を描いた。十を数える頃、固かった黒化粧が溶けて茶色い液へ変わる。乾いた布で一度拭い、水を含ませた布で仕上げると、肌色が現れた。
時間は九十秒。
灰汁粉側はまだ黒い筋が残り、役者は痛みに顔をしかめていた。ティセ側は布に黒が移り切り、頬を押しても痛くない。油の皿には、同じ黒化粧の塊を落としておいた。水の皿では形を保ったまま、油の皿では数息でほどけている。
ティセは長い説明をしなかった。「油でできた化粧は、油に溶けます」
劇団主は舞台衣装へ付くと責めた。そこでティセは、油を一回分ずつ染み込ませた小布を二十枚出す。役者は手を汚さず、使った布を閉じ袋へ捨てられた。終演後、怪物役十二人全員の化粧が二十分で落ちた。これまで三時間かかっていた作業だ。
主演俳優は赤くない自分の頬を鏡で確かめ、降板届を二つに裂いた。翌朝の稽古にも、痛みで休む者は一人もいない。
古参化粧師は、油なら顔にぬめりが残ると最後の難癖をつけた。役者が白紙を頬へ押し当てる。紙には油染みも黒い跡も付かなかった。一方、灰汁粉で洗った側の紙には、擦り傷からにじんだ赤が点々と移った。衣装係は洗濯へ回す襟布が十二枚からゼロになったと報告する。
劇団主は最強洗浄粉の注文書を破り、ティセの小布を一枚掲げた。役者たちは拍手ではなく、翌夜の分を求めて一斉に手を差し出した。
「全七劇場へ毎夜二百枚。化粧落とし工房ごと君に任せる」