波止場食堂の無傷な窓
モルツは船大工だった頃、割れたものを見ると反射的に立ち上がった。
造船所の黒い作業着は肩が白く擦れ、内ポケットには未読の修理命令が束で残っている。嵐の夜に呼ばれ、夜明けまで船腹へ板を打ち、朝には「遅い」と叱られた。
引退後、彼は波止場の端に小さな食堂を買った。窓は海鳥に突かれ、床は塩で浮き、厨房の煙突は傾いていた。
だがこの店には、海亀の甲羅で作られた土台があった。何かが壊れるたび、甲羅の模様が青く光り、傷を吸い取る。割れた窓は水面のように閉じ、浮いた床板は波に撫でられたように平らになる。
大鍋の魚スープは火蜥蜴が温め、客は自分で椀へ注いで硬貨を箱へ入れる。売上は夕方、自動で港税を引かれ、残りがモルツへ届いた。
《本日分入金。明朝の仕入れ代および生活費を確保》
その直後、造船所の監督から通信筒が飛んできた。
『大型船の進水前に亀裂が見つかった。すぐ来い。お前の腕が要る』
「検査を省いたんだろう」
『事情は後だ。恩を忘れたか』
モルツは、窓に映る自分の肩を見た。作業着の擦れは、誰かの船を支え続けた跡だ。けれど、彼を支える人はいなかった。
「恩なら、もう十二年分返した」
『船が沈んだらどうする!』
「沈めないために、無理な日程を断れ」
筒へ栓をして海へ返す。ちょうど鴎が窓へぶつかり、細いひびが走った。青い模様が一度脈打ち、ひびは消えた。
常連の老漁師が、空いた椀を卓上へ置いた。「今日は舟を出さねえのか」と聞く。モルツが「直し仕事を断った」と答えると、老漁師は眉も動かさず二杯目を注いだ。「なら、潮がいい日に休めて得したな」。造船所では休む理由を説明し、許可を得なければならなかった。ここでは、休むと告げても説教が返ってこない。大鍋の売上は静かに加算され、窓の向こうで海だけが急がず満ちていた。
モルツは鍋へ〈おかわり自由〉の札を掛け、店番を火蜥蜴に任せた。物置から古い釣り竿を出す。
今日は船を直す側ではなく、桟橋の先で魚が来るのを待つ側になった。