泥人形へ真夏を一滴

「魔力ゼロでは堤防の泥にも負けるな」

治水官は、御厨蓮の鑑定札を濁流へ投げた。

転生した蓮は、川沿いの町で土嚢運びをしていた。前世では空調設備の設計者だったが、火水風土の適性がない者に、温度を語る資格はないと笑われた。

長雨七日目、堤防の外側が盛り上がった。

泥小鬼が列をなして這い上がる。水と土から生まれる低級魔物で、切っても泥へ戻るだけ。兵が槍で崩すほど数が増え、町門へ茶色い波が迫った。堤防脇の診療所には、動かせない患者がまだ十人残されている。

「門を閉めろ! 川辺の家は捨てる!」

治水官が叫ぶ。

蓮は泥の流れを見た。小鬼たちは自分で動いているのではない。川底から伸びる太い水脈に引かれている。沖には、沼竜の背が島のように浮かんでいた。低級魔物の群れを身体の一部として操る災害級だ。

蓮は堤防の上に立ち、雨粒を手のひらで受けた。

「乾かすのは、町じゃない」

対象を敵意ある魔物だけに定め、《絶対乾燥》を一度だけ使う。

空気が澄んだ。

泥小鬼の表面から水分だけが抜け、走る姿勢のまま赤茶色の焼き物になる。槍で砕かれた泥も地面で固まり、堤防を補強する煉瓦へ変わった。川底の水脈は音を立てて切れ、沖の沼竜が初めて全身を現す。

巨体は咆哮する前に乾き、千年物の木彫りのような姿で停止した。

町の湿度と水位を測る水晶塔が、晴天を示す青を通り越して透明になり、頂上から細かく崩れた。一方、川の水も畑の土も、人の肌も、一滴すら奪われていない。

堤防視察中の水侯ラグネスが、雨除けの玉座から立ち上がった。

「選んで乾かしたのか。竜だけを」

蓮は足元の煉瓦を拾った。泥小鬼だったそれは、町の紋章にちょうどよい形をしている。

治水官が流した鑑定札は、濁流ではなく、静かになった岸へ戻っていた。水侯自らそれを拾い、蓮へ両手で返す。

町門が開く。

避難していた住民は、役立たずの土嚢運びではなく、雨の中から町の形を焼き上げた職人を見る目で、彼のために道を空けた。