洗濯機が回る十三分

 大型洗濯機の表示は、残り十三分だった。

 芽衣は回る白いシーツを見つめた。直生が婚約者と暮らしていた部屋から、最後に運び出したものだ。明日の朝、鍵を返せば同棲も婚約も全部終わる。

「今夜、泊めてくれない?」

 直生が冗談めかして言った。

「今じゃない」

「じゃあ、いつならいい?」

「そういう意味じゃない。ホテル取って」

 三週間前、婚約を解消したと電話が来た。芽衣はタクシーで迎えに行き、段ボールを組み立て、食器を新聞紙で包んだ。

 大学から九年、困ったときは一番に呼び合う友達だった。

 芽衣は、直生が婚約する前から好きだった。だからこそ、別れた直後の彼に言えなかった。弱った心の空席へ滑り込む人にはなりたくない。

「芽衣、怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあ、なんで目を見ないの」

「今じゃないから」

 乾燥機の硬貨が落ちる音が、無人の店内に響いた。逃げようにも、シーツを置いて帰れない。直生もそれを知っている。

「俺、別れた日に芽衣へ電話した理由、考えた」

「考えなくていい。友達だからでしょ」

「それだけなら、こんなに断られて傷つかない」

「傷ついてるときに決めたことは、信用しない」

「芽衣が決めるの?」

「私は、代わりにならないって決める」

 表示は残り七分。

 直生は膝の間で両手を組んだ。左手の薬指には、指輪の薄い跡がある。

「じゃあ、俺が元気になったら?」

「元気の判定を私にさせないで」

「厳しいな」

「友達を壊したくないから」

「壊さないために、ずっと黙るの?」

 洗濯機が高速回転に入り、会話が一度、音に飲まれた。

 芽衣はスマートフォンを開く。ホテル検索の下に、直生との古いトークが見えた。婚約報告の日、入力して送らなかった〈おめでとう〉が、下書きのまま残っている。

「今じゃない」

 芽衣はもう一度言った。

「でも、今じゃないだけ。ないって意味じゃない」

 直生は返事を急がなかった。

 表示がゼロになり、芽衣は濡れたシーツを取り出す。二人で端と端を持ち、乾燥機へ移した。

 芽衣は駅前のホテルを一室だけ予約し、その画面を直生へ送る。続けて、一か月後の土曜日に〈昼ごはん〉と予定を入れた。

 招待を送信すると、向かいのスマートフォンが震えた。

 直生が承認を押すまで、芽衣は乾燥機の前を離れなかった。